第4話:窒息するおっさんと、崩壊する偽りのトップランカー
翌朝。石造りの防音結界拠点にて。
ヘンドリックが目を覚ますと、視界が真っ暗だった。そして息ができない。
「んん〜っ! ボスぅ、おはようございますぅ〜!」
獣人のミラが、ヘンドリックの顔面に豊かな胸を押し付けながら、巨大な犬のように全力で抱きついていたのだ。
普通の男なら大歓喜する無防備すぎるスキンシップ。しかしヘンドリックの反応は違った。
「んぐっ!? ぐえええっ! お、重い! 息が、窒息する! 頼む、どけてくれえっ!」
動揺や照れなど一切なく、ただ純粋な『生命の危機』を感じて本気で嫌がり、ミラの顔をベシベシと叩いて引き剥がそうと必死にもがいている。
その騒ぎで目を覚ましたエルフのエリーゼは、信じられないものを見る目でその光景を観察していた。
『まさか……あんな極上の柔らかさを押し付けられて、本気で嫌がっているの……?』
昨晩のサンネの誘惑不発に続き、ミラのスキンシップすら『ただの物理的な圧迫』として処理するヘンドリック。
エリーゼの探究心とエルフとしての負けん気に火がついた。
『なら、これならどうかしら?』
エリーゼは起き上がり、寝ぼけたふりをしてヘンドリックの背中にピトッと密着した。エルフ特有の華奢で柔らかな感触を押し付け、彼の反応を伺う。
「お、エリーゼも起きたか。悪いがミラを引き剥がすの手伝ってくれないか。マジで首の骨が折れる……っ」
「…………はぁ」
色気も何もあったものではない。エリーゼは深くため息をつきつつも、どこか嬉しそうにミラの首根っこを掴むのだった。
一方その頃。フェルウェ大迷宮の深層で、ブラムは限界を迎えていた。
「おおおおおっ!」
ブラムは一人で前線に立ち、群れを成す魔物たちと死闘を繰り広げていた。
徹夜での野営に加え、結界も目隠しもない危険地帯での『用足し(野糞)』を強要されたことで、彼の心身の疲労とストレスはすでに限界を突破している。
その後方では、リーダーが適当に大盾を構えている。だが、彼は魔物の攻撃が後衛(自分とアホ女トリオ)に流れないように防いでいるだけで、前衛で孤軍奮闘するブラムを守ろうとも、攻撃に参加しようともしない。
「リーダー! 盾で押して俺の隙を作ってくれ! 魔法使いも援護を!」
「うるさいな! 俺は後衛を守るのに忙しいんだ! 露払いはお前の仕事だろ!」
「そうよ! さっさと片付けなさいよ、この役立たず!」
誰もブラムを助けない。誰も攻撃に参加しない。完全な孤立無援。
だが、その時だった。
ヘンドリックの『索敵』がない彼らは、ダンジョンの恐ろしさを全く理解していなかった。
背後の暗がりから、天井を這って回り込んでいた複数の魔物が、無防備な女たちの背後に音もなく着地したのだ。
「ギャアアアアアアッ!?」
「なっ!? うしろから!?」
背後からの奇襲。女たちの悲鳴が木霊する。
「キャアア! 痛い! 血が! 嫌ああああっ!」
パニックに陥ったアホ女トリオは、味方であるリーダーやブラムの立ち位置などお構いなしに、燃費最悪の【レベル10魔法】を乱れ撃ちした。
轟音と共に魔物は吹き飛んだが、無茶苦茶な魔法の余波でダンジョンの壁は崩れ、彼ら自身も爆風と瓦礫に巻き込まれた。
「お前ら、どこに魔法撃ってんだバカァッ!」
土煙が晴れた後。そこには、魔物の爪痕と身内の魔法の巻き添えでボロボロになり、魔力を完全に使い果たしてへたり込むリーダーと女たちの姿があった。
誰一人まともに動けない。傷を治そうにも、神官はパニックで詠唱すら忘れて震えている。
それを見た瞬間、ブラムの中で張り詰めていた糸が、完全にブツンと切れた。
「……ふざけんな。こんなゴミみたいな烏合の衆が、トップランカーだと?」
ブラムは血を吐き捨てるように言い放った。
「お前らみたいな無能の集まり、こっちから願い下げだ! 俺は抜ける! 勝手に野垂れ死ね!」
ブラムの怒りの咆哮が、崩れかけたダンジョンに虚しく響き渡った。




