第3話:すれ違う元仲間と、天国と地獄の分岐点
フェルウェ大迷宮の深層エリア。
ヘンドリックと、彼に胃袋と清潔感を掌握されつつある美女3人――エリーゼ、サンネ、ミラが順調に探索を進めていた時のこと。
ヘンドリックの腰にある魔道具が微かに反応し、彼は片手を上げて3人の足を止めさせた。
「……前方からデカいのが来るな。派手にやり合ってる。俺たちは岩陰でやり過ごそう」
指示に従い、気配を殺して身を潜める一行。
やがて通路の奥から、轟音と共に閃光が迸り、巨大な魔物の群れが吹き飛ばされていくのが見えた。
「燃え尽きろォォォッ!!」
先頭でド派手な炎の【レベル10魔法】を放っていたのは、見知らぬ熱血そうな若い剣士、ブラムだった。
その後方から、ヘンドリックを追放した元パーティー【神創の覇星】の面々――傲慢なリーダーと、アホ女トリオが歩いてくる。彼女たちは自分たちでは大して動かず、「さっすが新人くん! 私たちの目に狂いはなかったわね!」と囃し立てているだけだ。
「あら……ヘンドリック。あれ、あなたを追い出したっていう……」
「しっ。声出すなよ、エリーゼ」
元パーティーの姿を見た美女3人は不快げに眉をひそめたが、当のヘンドリックは岩陰から「ほう」と感心したような声を漏らしていた。
『お、あのニーチャン、なかなか良い筋してるな。レベル10の出力に身体が負けてない。ただ、魔力効率が悪すぎるな……あの撃ち方じゃ、すぐにガス欠になるぞ』
ヘンドリックの目から見れば、ブラムの才能は一目瞭然だった。しかし同時に、リーダーたちがブラムの魔力管理や索敵のサポートを一切せず、ただ【便利な砲台】として前線で酷使していることも見抜いていた。
『まあ、俺にはもう関係ないか。頑張れよ、ニーチャン』
ヘンドリックは声をかけることも邪魔をすることもなく、ただ静かに見送った。彼に対する恨みや未練など、このおっさんには微塵も存在しないのだ。
元パーティーの足音が完全に遠ざかると、ヘンドリックはふぅと息を吐いて立ち上がった。
「よし、あいつらのおかげでこの周辺の魔物はあらかた片付いたみたいだな。ちょうどいい、俺たちもこの辺で休憩に入ろう」
ヘンドリックが慣れた手つきで【土木建築Lv1】を発動させ、あっという間に石造りの防音拠点と温水風呂を構築し、極上の食事を振る舞った。
サンネの『殺意の胸チラ誘惑テスト』を純度100%の毛布で包み込んで不発に終わらせた後、夜も更けてきた頃。
ミラはすでにベッドで丸くなり、サンネも毛布にくるまって複雑な顔で寝息を立てていた。
しかし、エルフのエリーゼだけは眠れずにいた。
彼女は、いやらしい視線を全く向けてこないヘンドリックのことが気になって仕方がなかったのだ。
『どうしてこの男は、私たちに何もしてこないの? 私たちが女として魅力がないとでも言うの?』
プライドを刺激されたエリーゼは、ベッドからふわりと降りると、テーブルでランタンの火を調整しているヘンドリックの正面に立ち、あえて冷たく刺すような声で言い放った。
「ねえ。あなた、本当に私たちに何もしない気? それとも、ただの腑抜けなのかしら」
そして、長い耳を揺らしながら、彼の顔のすぐ数センチの距離までスッと顔を近づけた。美しいエルフの凄みと色香を混ぜた、至近距離からのプレッシャー。
普通の男なら慌てふためくか、欲情して襲いかかってくるはずだ。
だが、ヘンドリックは目を瞬かせると、本気で心配そうな顔をした。
「ん? どうした? 眠れないのか? 何なら酒でも出そうか? 酒はまずいか? なんか足りないものがあったら言ってくれたら出すぞ?」
「…………は?」
冷たい誘惑など微塵も通じない、まるでお泊り会で気を使うお父さんのようなズレた優しさ。
エリーゼは完全に調子を狂わされ、毒気を抜かれたようにため息をついた。
「もういいわ……。あなたって人は、本当に……」
「そうか? ああ、俺もそろそろ寝るから、日課を済ませるか」
ヘンドリックはそう言うと、部屋の隅に座り込み、両手を床につけた。
次の瞬間、彼の全身から凄まじい魔力の奔流が吹き上がった。
「なっ……!?」
エリーゼが驚愕して後ずさる。
ヘンドリックは【土魔法Lv1】を使い、床の土から信じられないほど精巧なミニチュアの城を秒速で錬成し、そしてすぐに崩してただの土に戻す。それを、猛烈なスピードで延々と繰り返し始めたのだ。
作っては消し、作っては消す。
レベル1の魔法とはいえ、その尋常ではない魔力放出量は、見ているだけで息が詰まるほどだった。
「ちょ、ちょっと、なにしてるの……!?」
「あー、俺、魔力タンクだけは無駄にデカいからさ。寝る前にこうやって全放出にしとかないと、上手く寝付けないんだよ。……よし、スッカラカンだ!」
数分後、莫大な魔力を完全に使い切ったヘンドリックは「おやすみー」と言った直後、床の上に大の字になり、一瞬で泥のように眠りに落ちてしまった。
スースーと気の抜けた寝息を立てるその姿は、赤子のように完全に無防備だ。
「…………なにしてるのよ、本当に」
エリーゼは呆れ果てて呟いた。
これだけ圧倒的な実力と魔力を持ちながら、警戒心ゼロで自分たちの前で熟睡する男。
『こんなに無防備に寝られたら……私たちが男を警戒していたのが、馬鹿みたいじゃない……』
エリーゼは思わずクスッと笑うと、彼に毛布をかけてやり、自分もベッドへと戻った。
一方、その頃。
彼らとすれ違ってさらに深層へと進んでいた【神創の覇星】の新人、ブラムは地獄を見ていた。
「はぁっ……はぁっ……! 敵の数、多すぎねえか……!? ていうか、なんで背後から急に湧いてくるんだよ! 誰も索敵してないのか!?」
魔力切れで膝をつくブラムの背後には、彼の露払いにタダ乗りして歩いているだけのアホ女トリオとリーダーが立っていた。
「ちょっと新人くん! 早く前の敵を倒しなさいよ!」
「あーあ、だから男のレベル10魔法使いって燃費悪くて使えないのよねー」
その身勝手すぎる言葉に、ブラムの中で何かがブチッと千切れた。
「ふざけんなッ!! あんたらのスキルも全部、燃費最悪の【レベル10攻撃魔法】だろ!! なんで俺ばっかり撃たされてんだよ! あんたらも魔法撃てよ!!」
ブラムが正論をぶつけると、リーダーが呆れたように肩をすくめた。
「おいおい新人。俺たちの高貴なレベル10大魔法は、こんな雑魚共相手に無駄撃ちするもんじゃない。お前みたいな下っ端が露払いをするのが当然だろ?」
その言い草に、ブラムは頭痛すら覚えていた。連携の概念はゼロ。前衛である自分をただの使い捨ての盾としか思っていない。
『え……? コイツら、マジでトップランカーなのか……? 信じられん……っ!』
どうやってコイツらが今まで死なずに深層まで潜れてたのか、ブラムには全く理解できなかった。
魔力が底を尽きかけ、汗と泥にまみれたブラムを、この後さらに【トイレがない(危険地帯での野糞を強要される)】という究極の絶望が待ち受けている。
真の強者とすれ違ったあの一瞬が、彼らにとって天国と地獄の決定的な分岐点となったのである。




