第2話:男嫌いの美女たちと、規格外の裏方ハック
追放劇から数十分後。ギルドに併設された酒場から離れ、ヘンドリックは依頼の受付カウンターへと足を運んでいた。
『よし、これで気兼ねなくソロ活動ができる。手始めに、レアメタルが採れそうな美味しい採掘ポイントの情報でも聞いてみるか』
晴れやかな気分で空いている受付窓口に並ぼうとしたヘンドリックだったが、ふと、隣の窓口から切羽詰まった声が聞こえてきた。
「……やはり、私たちを入れてくれるパーティーはありませんか」
隣のカウンターに立っていたのは、3人の絶世の美女――ハイエルフのエリーゼ、女騎士のサンネ、獣人のミラだった。
対応している受付嬢は申し訳なさそうに視線を落とす。
「申し訳ありません。お三方ともスキルがすべてレベル5で止まっているため、第一線の冒険者たちからはどうしても敬遠されがちでして……」
さらに最悪なことに、彼女たちの様子を見ていたガラの悪いモブ冒険者たちが、下品なヤジを飛ばしてきた。
「ギャハハ! なあ姉ちゃんたち、ほら、ちょうど隣の窓口にいるオッサン、さっき追放されてソロになったばかりだぜ? あんたらのその顔と身体で泣きつけば、喜んで腰振ってついてくんじゃねえの!?」
モブたちの下劣な笑い声に、エリーゼはギリッと唇を噛み、サンネは剣の柄に手をかけ、ミラは喉の奥で唸り声を上げた。
『どいつもこいつも、男は最低のクズばかり。隣にいるあの男も、どうせ私たちをそういう目で見るんでしょ……!』
彼女たちの男へのヘイトと警戒心が限界に達したその時、見かねた受付嬢が、隣のカウンターにいたヘンドリックに視線を向け、そして美女3人に向かって身を乗り出して力説し始めた。
「皆さん、彼……ヘンドリックさんを連れて行くことを強くお勧めします! 彼は非常に有用な案内人です。フェルウェ大迷宮の深層にも何度も足を運んでいますし、ソロでも一人で十分に活動できる腕を持っています。こんなチャンス滅多にありません、絶対に彼に同行してもらうべきです!」
受付嬢は、ヘンドリックがただの無能ではなく、決して女性に手を出さない紳士的で有能なサポーターであることを熟知していたのだ。
そのあまりの剣幕に、美女3人は隣に立つヘンドリックをマジマジと観察した。
『有用な案内人……? でも、見たところレベル1のスキルしかなさそうだし、ひどく弱そう……。まあ、このヒョロヒョロの身体なら、いくら何でも私たちを無理やり襲ってくるような真似はできないわよね』
『ええ、それにこのままじゃダンジョンに潜ることすらできない。……背に腹は代えられないわ』
彼女たちはヒソヒソと話し合い、妥協と警戒を抱えたまま頷き合った。
一方、急に話を振られたヘンドリックは、頭を掻きながら困ったように笑った。
「まあ、いつもお世話になってる受付のお姉さんのお願いだしね。俺でよければ案内するよ。その……微力だけど、よろしく頼むよ」
腰の低いヘンドリックの態度に、下心は微塵も感じられない。
こうして、バチバチに警戒する美女3人と、腰の低いおっさんによる臨時パーティーが結成され、彼らはダンジョンへと向かった。
数時間後。ダンジョンの深層エリア。
「右前方、岩陰に気配が3つ。足音とこの階層の傾向からしてゴブリンだ。あと、上からスライムが1匹落ちてくるぞ」
「えっ!? ――はいっ!」
ヘンドリックの胸元では、自作した【索敵補正の魔道具】が微かに光っていた。彼の『索敵Lv1』は自身でチューニングした魔道具を通すことで実質レベル3相当に底上げされ、長年の経験則と合わさることで魔物の種類すらも完璧に見抜いていた。
「エリーゼ、あそこの水たまりの辺りに氷魔法。サンネはゴブリンが滑ったところを薙ぎ払ってくれ。ミラ、上だ!」
ヘンドリックの腰の低い態度はそのままに、しかし指示は的確だった。
それに合わせ、美女3人の攻撃が次々と決まる。彼女たちは戦闘の合間に息を呑んでいた。
『……何、この戦いやすさ……!?』
ヘンドリックは決して前に出ない。だが彼は、後ろから彼女たちの実力を120%引き出すための『完璧な司令塔』として機能していた。
さらにエリーゼは、自分の身体に起きている異変に困惑していた。
『おかしいわ……。もうレベル5の魔法を何発も撃ってるのに、どうしてまだこんなに魔力が有り余っているの……?』
彼女たちは気づいていない。
ヘンドリックの腰に下げられたランタン型の魔道具から、パーティー全体に【魔力消費の軽減と、ゆるやかな魔力回復のエリア】が展開されていることに。彼は直接触れるような馴れ馴れしい真似は一切せず、あくまで裏方として彼女たちの消耗をカバーし続けている。
『この人……本当にレベル1なの? 索敵の精度も異常だし、なにより私たちの身体が羽みたいに軽い……!』
戦闘能力への信頼は完全に芽生えていた。
しかし、激しい戦闘による魔力枯渇は免れても、過酷な環境は確実に体力を奪っていく。泥と返り血で汚れ、汗でベタベタだ。
『嫌だわ……またこの汚れた身体で、岩の上で震えながら寝る野営の時間が来るのね……』
絶望的な気分で俯く彼女たちに、ヘンドリックがひらひらと手を振って先導した。
「よし、そろそろ休むべきだな。この先に地盤の安定した安全地帯がある。俺が案内するから、そこを今日の野営地にしよう」
ヘンドリックに導かれ、岩壁に囲まれた空間へと辿り着く。
美女たちが重い身体を引きずろうとした、その時だった。
「お、やっと着いたな。お疲れさん。飯と風呂、あとベッドできてるぞ」
そこには、ヘンドリックが『土木建築Lv1』などを駆使し、歩いている間にこっそり秒速で組み上げていた【石造りの完璧な防音結界拠点】が存在していた。
中からは極上の熱々シチュー(『料理Lv1』)の匂いが漂う。奥には湯気が立ち上る広い温水風呂(『洗浄Lv1』ハック)が用意され、湿気一つない空間にはフカフカのベッドが並んでいた。
「「「…………は?」」」
男への警戒も、野営への絶望も、すべてが吹き飛んだ。
美女3人は限界まで目を見開き、ただ呆然と立ち尽くす。
「どうした? 湯が冷める前に入ってこいよ。見張りは俺がしておくから」
戦闘では命を完璧に守り抜き、休息ではこれ以上ない「思いやりとインフラ」の暴力を叩きつけてくる。男嫌いだった彼女たちの心の分厚い氷が、一瞬で溶け落ちた。
「あ、ああああ……っ! ありがとう、ございます……っ!!」
ボロボロと涙を流しながら風呂へと駆け込む美女3人。
数十分後。泥と疲労を洗い流した彼女たちは、ヘンドリックが用意した熱々のシチューを口に運んだ。
「んんんん〜っ!! ボス、このシチュー信じられないくらい美味しい! お肉が口の中で溶けるゥ!」
獣人のミラが、尻尾をちぎれんばかりに振りながら叫ぶ。彼女はすっかりヘンドリックを群れの長として認め、ボスと呼んで懐ききっていた。
「俺の『料理Lv1』を魔道具で底上げして、知り合いのレベル10の料理人が作った特製の携帯食料を湯で戻しただけだ。元の素材が良いからな」
王侯貴族レベルの食事をあっさり出してくる男に驚愕しつつも、女騎士のサンネはまだ完全に気を許したわけではなかった。
『……戦闘のサポートも、この拠点も信じられないくらい完璧。でも、男なんてどうせ最後は下心で動くケダモノよ。このオッサンだって、本性は同じはずだわ』
彼女は自分の豊満なプロポーションに絶対の自信を持っている。男の本性を暴いてやろうと、風呂上がりの無防備さを装い、あえてシャツの胸元を大きくはだけさせ、こぼれんばかりの谷間をヘンドリックの視界にチラつかせた。
そして、わざと無防備なふりをして彼の隣にドカッと腰を下ろす。
『さあ、男なんてどうせ皆スケベなんだから、手を出してごらんなさいよ。少しでもいやらしい目を向けたり、触れようとした瞬間……その首、斬り捨ててあげるわ!』
サンネはテーブルの下でこっそり剣の柄に手をかけながら、試すような上目遣いでヘンドリックを見つめた。
すると、ヘンドリックはハッとしたように目を丸くし、こちらへ手を伸ばしてきた。
「お、おい。そんなにはだけてたら……」
「んっ……」
『来たわね!』……え?
バサッ。
ヘンドリックが被せたのは、欲望に満ちた手ではなく、分厚くて温かい毛布だった。
「ダンジョンの夜は冷えるぞ。湯冷めして風邪でもひいたら大変だ。ほら、しっかりくるまっとけ」
純度100%の善意ですっぽりと毛布で包み込む。そこにいやらしい視線は一切ない。
絶対の自信を持っていた武器(身体)をスルーされただけでなく、自分の抱いていたどす黒い警戒心を、まるで娘を心配する父親のような優しさで包み込まれてしまったのだ。
「……え? あ、あれ……?」
殺意に満ちたテストを完全に不発に終わらされ、サンネは毛布にくるまったまま、毒気を抜かれたようにポカンと口を開けた。
そして、その様子を向かいの席で見ていたエルフのエリーゼは、激しく動揺していた。
『あんなに無防備な胸元を見て、微塵も欲情しない……!? 今までの男たちなら間違いなく飛びついてきたのに。どういうことなの……?』
ヘンドリックの視線には、いやらしさが全くない。だからこそ、逆にそれがエリーゼのプライドと好奇心を強烈に刺激した。
『この人……私たちが女として魅力がないと思っているの? ……ダメだわ、なんだかすごく、彼の視線が気になってきた……!』
胃袋と快適なインフラで完全に陥落したミラ。
男への警戒心を完全に折られ、優しさに戸惑うサンネ。
下心ゼロの態度に執着心を煽られたエリーゼ。
レベル1の便利屋のおっさんは無自覚なまま、ワケあり美女3人の心を完全に泥沼へと引きずり込んでいたのである。




