第38話:緻密な報告書と、限界突破の恋心
「ちょ、ちょっと待て! それは日記じゃない! ただの業務記録だ!」
顔を真っ赤にして資料を奪い返そうとするヘンドリックだったが、サンネが素早く彼を羽交い締めにし、ミラが両腕をホールドした。
その隙に、エリーゼが妹から分厚い羊皮紙の束を受け取る。表紙には几帳面な字で【黎明の止まり木・活動報告および育成方針】と記されていた。
「お兄ちゃん、王都にいる私に毎月これを送ってきてたの。自分の近況報告も兼ねてね。……ふふっ、みなさん、ぜひ読んでみてください」
妹が悪戯っぽくウインクする。
エリーゼがページをめくると、そこには彼が毎夜、気絶する直前まで書き綴っていた【活動報告書】という名の、異常なまでに詳細なレポートが記されていた。
『サンネの盾の構えは完璧だが、右への踏み込み時に一瞬タメができる。実戦で致命傷にならないよう、明日の模擬戦で重点的に修正を促す』
『ミラの反射神経は素晴らしいが、野生の勘に頼りすぎるきらいがある。より安全に立ち回れるよう、彼女専用の魔道具の設計を急ぐ』
『エリーゼの魔力効率は芸術の域だが、自身で抱え込む癖がある。副リーダーとしての自信を持たせ、精神的な負担を軽減させる必要がある』
三人の長所、短所、そして今後の具体的な育成方針。
そこには、ただ強さを求めるだけでなく、彼女たちが『絶対に怪我をしないように』という、異常なほどの過保護さと深い愛情が詰まっていた。
「ヘンドリック……。あなた、毎晩あんなに疲れるまで、私たちのことをこんなに考えて……」
サンネの声が微かに震える。
さらにページをめくると、そこには元パーティー【神創の覇星】に対する、彼自身の痛切な後悔が綴られていた。
『かつて、俺は仲間の自立を促せなかった。裏で全てを処理しすぎた結果、彼らの慢心を招き、ブラムやロッテのような若者まで傷つけてしまった。……俺の力不足だ。今の三人を、決してあんな風にしてはならない。俺はプロとして、彼女たちを正しく導く責任がある』
自分が追放されたことへの恨みなど微塵もない。ただ己の力不足を悔い、目の前の仲間を何よりも大切に想う不器用な男の真実。
これだけでも三人の胸は張り裂けそうだったが、決定打はその報告書の最後のページ――【特記事項】の欄にあった。
『なお、一つだけ深刻な問題がある。エリーゼ、サンネ、ミラの三人は、女性としてあまりにも魅力的すぎる。共に生活しているだけで、三十五歳の独身男としては理性の維持が極めて困難だ。プロとしての距離感を保つため、毎夜の【魔力枯渇】による強制気絶が欠かせない。……正直なところ、彼女たちの無自覚なアプローチは、俺の心臓にとって深層の魔物よりも恐ろしい』
『『『…………ッッッ!!!』』』
羊皮紙を覗き込んでいた三人の顔が、一瞬にして林檎のように真っ赤に染まった。
浮気だの、隠し子だの、絶倫のジゴロだの、すべてが彼女たちの盛大な勘違いだった。
彼はただの誠実で、優しくて、過去の傷を抱えながらも必死に自分たちを守ろうとしてくれている、不器用で純情な【便利屋のおっさん】だったのだ。
「もう……! ばか、ばかばか……っ! あなたって人は、本当に……っ!」
エリーゼが限界を迎えたように羊皮紙を胸に抱きしめ、ヘンドリックの胸に顔を埋めてポロポロと涙を流し始めた。
「ボス……ボスぅ……っ! 大好き、世界で一番大好きだゾ……っ!」
ミラが堪えきれずに泣きじゃくりながら、ヘンドリックの腰に強くしがみつく。
「ヘンドリック。……もう、絶対に逃がさないわ。あなたがプロとして距離を置こうとしても、私たちが力ずくでその理性を壊してあげる」
サンネが涙で濡れた熱い瞳で彼を見つめ、拘束していた腕を優しく解いて、背中から彼をきつく抱きしめた。
「あ、あの……みんな? これはただの記録で、その、他意は……」
「お兄ちゃん、もう観念しなよ。……あーあ、私も早く素敵なお義姉さんが欲しいなー!」
妹のトドメの一言で、ヘンドリックは完全に退路を断たれた。
詳細すぎる愛情たっぷりのレポートによって、三人の想いはもはや計測不能の限界を突破。
誤解から始まった地獄の修羅場は、最強の便利屋に対する『絶対に逃がさない』という乙女たちの強固な包囲網へと、完全にクラスチェンジを果たしたのだった。




