第328話:三十六個目
ヘンドリックの指示が飛び、五人がそれに応える。
「サンネ、踏み込め! 剣に風を乗せる!」
「承知!」
サンネの剣に、ヘンドリックのLv1風魔法が添えられた。
わずかな加速。だが、Lv10の剣術に乗った瞬間、それは実験体の防御をまとめて薙ぎ払う一閃へと化けた。
「ミラ、前へ! 身体強化を重ねる!」
「まかせるんだゾ!」
獣人の膂力に、Lv1の身体強化が重なる。壁ごと敵をなぎ倒す一撃。
「マジカ、広範囲だ。俺が形を作る」
「面白ぇ!」
魔王の膨大な魔力に、Lv1の魔力操作が精密な形を与える。無駄なく、正確に、必要な場所だけを制圧する魔法。
「ルミナリア、聖具に浄化を通せ」
「心得たのじゃ!」
そしてエリーゼ。
彼女の精霊魔法に、ヘンドリックのLv1土魔法が土台として重なった瞬間――地脈そのものが応え、施設の術式基盤が、根本から揺らぎ始めた。
「馬鹿な……!」
首魁が愕然とする。
「個々の力は、大したことがないはずだ! なぜ、そんな出力が出る!」
「そうだな」
ヘンドリックが静かに答えた。
「大したことのないものを組み合わせるのが、俺の仕事だ」
◇ ◇ ◇
追い詰められた首魁が、ついに最後の手段に出た。
「ならば――理そのものを書き換える!」
施設の最奥から、闇の世界樹の力が引き出される。
黒い光が空間を満たし、この場のレベルの理が、強引に書き換えられていく。
瞬間、五人の力が失われた。
サンネの剣が鈍り、ミラの膂力が抜け、マジカの魔力が霧散し、ルミナリアの聖具が沈黙し、エリーゼの精霊が姿を消す。
「なっ……!?」
「この空間では、力の意味は私が決める!」
誰もが、まともに立っていられない。
その中で、ヘンドリックだけが、わずかに動けた。
なぜなら――彼は最初から、枠の外にいるから。
だが、彼一人の力では、術式の中枢までは届かない。
◇ ◇ ◇
その時。
ヘンドリックは、温存していた三十六歳分の一ポイントを、ついに使った。
選んだのは、【同調Lv1】。
他者のスキルに、自分の魔力をわずかに流し込むだけの、微弱な支援スキル。単体では、ほとんど意味がない。
誰も選ばない、最も地味なレベル1。
「……様子を見ていて、正解だったな」
ヘンドリックが、五人に手を伸ばした。
「掴まれ。……お前たちの力は、まだ死んでいない」
五人が、迷わずその手を取る。
同調Lv1が発動し、理の書き換えを受けていない「枠の外の魔力」が、封じられた五人のスキルへと流れ込んだ。
瞬間。
消えたはずの精霊が姿を現し、鈍った剣が輝きを取り戻し、霧散した魔力が渦を巻いて戻ってくる。
理の外側で、五人の力が息を吹き返した。
「そんな、Lv1で……!?」
首魁が絶叫する。
「Lv1だからだ」
ヘンドリックが、静かに告げた。
「あんたの理は、Lv1を勘定に入れていない。……最初から、ずっとな」
◇ ◇ ◇
理の外側から放たれた、六人の複合攻撃。
それは闇の世界樹から引き出された術式の中枢を、正確に断ち切った。
術式が崩壊し、施設が悲鳴を上げて崩れ始める。
首魁が、力なく膝をついた。
彼は抵抗しなかった。ただ、呆然と呟く。
「……私は、間違っていたのか」
「理想は、間違っていない」
ヘンドリックが答えた。
「やり方だけだ」
◇ ◇ ◇
だが、これで全てが終わったわけではなかった。
闇の世界樹は、まだ健在。そして、この男は末端ではないが――頂点でもなかった。
崩れゆく施設の中で、首魁が言い残す。
「君は、いずれ知ることになる。……この世界の、本当の仕組みを」
瓦礫が視界を遮る直前、その声が届いた。
「なぜ、君のような存在が生まれたのか。……その意味を」
◇ ◇ ◇
全員で施設を脱出しながら、ヘンドリックは背中に問いを抱えていた。
『……俺は、何なんだ』
三十五個のレベル1。枠の外にいる自分。
その答えを、彼はまだ知らない。
「旦那様」
隣を走るエリーゼが、静かに言った。
「屋敷に帰ったら、たっぷりお説教ですわ」
「……ああ」
「ドライアドさんにも、きちんと謝ってくださいませ。嘘をつかれたと、泣いておられましたから」
「……それは、まずいな」
崩れる施設を背に、六人は朝日の中へと駆け出した。




