第327話:迎えに来た者たち
首魁自身は、直接戦わない。
だが、この広大な研究施設そのものが、彼の数百年分の研究の結晶であり、兵器だった。
レベルを改変された強化実験体の群れが、通路の奥から次々と湧き出してくる。
そして――施設の壁面に刻まれた、特殊な術式結界。
「……なんだ、これは」
ヘンドリックが土魔法と風魔法を組み合わせようとした瞬間、その連動が不快な音を立てて弾かれた。
もう一度試す。今度は水と火。同じく、弾かれる。
一つ一つのスキルは発動する。だが、組み合わせようとした途端、術式がそれを阻害するのだ。
「気づいたかね」
首魁が愉快そうに言った。
「君の強さの本質は、個々のスキルではない。それを組み合わせる能力だ。……ならば、繋がりを断てばいい。単純な話だろう?」
ヘンドリックの背に、冷たいものが走った。
組み合わせを封じられた自分に残るのは――ただのレベル1が、三十五個。
『……まずいな。俺一人では、ここまでか』
実験体の群れが押し寄せる。一人一人を無力化しながらも、じわじわと戦線が押し込まれていく。
膝が、床につきかけた。
◇ ◇ ◇
その時。
轟音が響き、研究施設の分厚い装甲壁が、外側から完全に吹き飛んだ。
「旦那様!」
崩れ落ちる瓦礫を越えて現れたのは、五人の妻たちだった。
闇の精霊が影を辿って道を示し、ルミナリアが王家の権限で街道を開き、サンネとミラが道中の敵を薙ぎ払い、マジカが最後の障壁を魔王の力で粉砕して――ここまで辿り着いたのだ。
「……なぜ来た」
驚愕するヘンドリックの前に立ち、エリーゼが涙を浮かべながら、静かな怒りとともに言葉を放った。
「なぜ、置いていったのですか」
◇ ◇ ◇
そこから始まったのは、怒涛の叱責だった。
「一人で背負うのが格好いいとでも思ってんのか、この馬鹿!」
マジカが吼える。
「私は盾になると言った。……信じて、もらえなかったのか」
サンネが、震える声で迫る。
「ボス、ミラたちを置いていくなんて、ひどいんだゾ!」
ミラが泣きながら叫び、
「わらわたちは、飾りではないのじゃ」
ルミナリアが鋭く睨みつけた。
そして、エリーゼが。
「守られるだけの存在ではありません。……何度言えば、分かってくださるのですか」
ヘンドリックは、言葉を失った。
かつて失った傷に怯え、遠ざけようとした自分の選択が、また同じように、最も大切な人たちを深く傷つけていた。
守るためにやったことが、傷つける結果になる。
三十年前と、何も変わっていない。
長い沈黙の末、男は深く、深く頭を下げた。
「……悪かった」
◇ ◇ ◇
そして、生まれて初めて、彼は素直に頼ることを選んだ。
「手を貸してくれ。……一人じゃ、無理だ」
五人が、泣きながら笑った。
「最初から、そうおっしゃればよろしいのですわ」
「まったくだ。手間かけさせやがって」
「……はい。喜んで、閣下」
「ボスは、ミラたちのボスなんだゾ!」
「うむ。ようやく分かったようじゃな」
◇ ◇ ◇
だが、状況は依然として厳しい。
施設の術式は、ヘンドリックのスキルの「組み合わせ」を封じたままだ。
その時、彼はふと気づいた。
「……組み合わせが封じられているのは、俺の中でだけだ」
かつて、弟子のブラムに教えた理屈が、そのまま自分に返ってくる。
『レベル1は、単体で戦うための力じゃない。お前が持っているものを、化けさせるための力だ』
自分の中で組み合わせられないなら。
他人と、組み合わせればいい。
「エリーゼ。お前の精霊魔法に、俺のLv1土魔法を乗せられるか」
エリーゼが、一瞬きょとんとして――それから、艶やかに微笑んだ。
「……できますわ。やってみせます」
これまで一人でやってきた「組み合わせ」を、今度は、六人でやる。
本当の共闘が、今、始まろうとしていた。
● 作者からのお知らせ ●
ここまで読んでくださりありがとうございます。
実は別作品の初校のチェックを行っておりまして、お盆休みが終わるまで更新ができないかもしれません。
申し訳ありません。
情報を公開できるようになりましたら、近況ノートにご報告をさせていただきたいと思いますので、もうしばらくお待ちくださいますよう、お願いいたします。




