第326話:三十五個の理由
首魁は解析装置を稼働させ、目の前に立つヘンドリックのスキル構成を、執拗に観察していた。
空中に浮かび上がる、三十五個のレベル1。
回復魔法、火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、鑑定、解体、採掘、調合、身体強化、魔力操作、気配察知――
どれも一つとして、Lv2以上がない。
「なぜ君は、レベル1を三十五個も選んだのか。……不思議で仕方がない」
首魁は心底からの疑問を口にした。
「誰一人として、そのような非効率な構成は選ばないはずだ。せめて三つか四つを極めれば、君はもっと早く強くなれた」
「……そうかもな」
ヘンドリックは、淡々と過去を口にした。
◇ ◇ ◇
スラムの冷たい路地裏に生まれた少年に、選択の自由などなかった。
病を得た母を養い、腹違いの妹を守り、今日の飢えをしのぐ。それだけで、毎日が精一杯だった。
剣を極める? 何年もかけて一つの技を磨く?
そんな時間はどこにもなかった。
母が熱を出せば、回復魔法Lv1を取った。かすり傷しか治せない程度の魔法でも、ないよりはましだった。
薪が買えなければ、火魔法Lv1を取った。焚き火をつけるのがせいぜいでも、冬を越せた。
井戸が遠ければ、水魔法Lv1を。
商人に騙されないよう、鑑定Lv1を。
魔物の死骸から金に換わる部位を取るために、解体Lv1を。
どれもレベルは1。どれ一つとして一流ではない。
だが、そのすべてが――「あの日の誰かを、生き延びさせるため」に必要な道具だった。
「……俺のレベル1は、生きるために取ったものだ」
ヘンドリックは静かに言った。
「極めるためじゃない。誰かを守るために取った。それだけだ」
◇ ◇ ◇
首魁は目を見張った。
そして、興奮したように感嘆の声を上げる。
「……そうか! 君のスキルは、君の人生そのものなのか!」
彼は解析装置に飛びつき、猛烈な勢いで記録を取り始めた。
「素晴らしい! 理を外れる条件は、才能ではなく、選択の積み重ねだったというのか! ますます解析したくなった!」
その狂喜する背中に、ヘンドリックの声が鋭く突き刺さった。
「あんたの理想は、分かった」
首魁の手が止まる。
「生まれで人生が決まる。それが理不尽だってのは、俺も同意する。……俺は、その理不尽の側で育った人間だからな」
「では――!」
「だが、そのために人を壊すのは違う」
ヘンドリックは、通路に並んでいたシリンダーを指し示した。
「あそこに番号だけで記録されてた連中も、誰かの息子で、誰かの親だった。その理不尽は、あんたが憎んだものと何が違う」
「……君も、理不尽な世界に苦しんだ側だろう? ならば分かるはずだ」
「ああ。だから分かる」
ヘンドリックの声が、低く響いた。
「理不尽を壊すのに、新しい理不尽を作ってどうする」
◇ ◇ ◇
沈黙が落ちた。
やがて、首魁は静かに首を振った。
「……残念だ。君なら、分かってくれると思ったのだが」
「あんたも残念だろうが、俺も残念だ」
ヘンドリックは、ゆっくりと構えを取った。
「あんたがもし、実験なんてものに手を出さずに、ただ研究だけを続けていたなら。……俺は、あんたに協力していたかもしれん」
首魁の目が、わずかに揺れた。
「スラムのガキが、剣の才がないってだけで一生日雇いをやる。そんな世界は、変わったほうがいい。それは本気で思ってる」
「……ならば」
「だが、そのために誰かを壊すなら、俺はあんたを止める。それだけだ」
理想は正しくとも、手段は断じて許されない。
対話による解決の道は、閉ざされた。
首魁が指を鳴らす。施設中の術式が、一斉に起動した。
「では、力ずくで協力してもらおう。……君の体さえあれば、意識は必要ない」
『……やはり、こうなるか』
互いの信念を賭けた戦火が、切って落とされた。




