第33話:未知の女と、乙女たちの絶望
ギルドでの騒動から数日後。今日は【黎明の止まり木】の完全休養日だった。
ヘンドリックは「個人的な野暮用があるから」と朝早くから一人で出かけており、残されたエリーゼ、サンネ、ミラの三人は、街の市場へショッピングに繰り出していた。
「……ヘンドリックったら、本当に働き者ね。休日くらい、私たちとゆっくり過ごしてくれればいいのに」
サンネが少し不満げに呟きながら、クレープを頬張る。
「仕方ないわ。彼はこの街のインフラ整備も無償で請け負っているのだから。……でも、夜はしっかり私の部屋で休ませてあげるつもりよ」
エリーゼが余裕の笑みを浮かべる。最近の彼女たちは、ヘンドリックが毎晩のように「秒で気絶する」のは自分たちへの緊張からだと思い込んでおり、さらなるアプローチの計画を練るのに余念がなかった。
「あっ! ボスなんだゾ! あそこの大通りを歩いてるんだゾ!」
ミラの鋭い視覚が、人混みの向こうに愛するリーダーの姿を捉えた。
三人はパッと顔を輝かせ、彼に声をかけようと駆け寄ろうとする。だが、次の瞬間、彼女たちの足は氷のようにその場に縫い付けられた。
「え……?」
ヘンドリックは、一人ではなかった。
彼の隣には、エリーゼやサンネにも劣らない美貌を持つ、まだ十代後半ほどの可憐な若い女性がぴったりと寄り添っていたのだ。
そしてあろうことか、その女性はヘンドリックの右腕に自分の両腕を親しげに絡ませ、満面の笑みで見つめ合っている。
「お、お兄ちゃん……じゃなくて、ヘンドリック! 今日は本当にありがとう! すっごく嬉しい!」
「いいんだよ。君が喜んでくれるなら、俺も頑張った甲斐があるからね」
ヘンドリックの顔には、かつて見たことがないほど優しく、そしてどこか照れくさそうな、甘い表情が浮かんでいた。三十五歳・独身童貞の彼が、女性のスキンシップに対して一切の拒絶反応を示していない。
さらに、三人の眼球を飛び出させるほどの決定的な光景が繰り広げられた。
「えへへっ、大好きっ!」
若い女性が背伸びをして、チュッ、とヘンドリックの頬にキスをしたのだ。
ヘンドリックは顔を真っ赤にしながらも、怒るどころか、優しく彼女の肩を抱き寄せてハグを返している。
『『『…………ッッッ!!!???』』』
路地裏からその光景を目撃した三人の思考が、完全にショートした。
サンネの持っていたクレープが地面に落下する。
ミラの尻尾の毛が、威嚇する猫のように逆立つ。
エリーゼの周囲の気温が、かつてないほどのマイナス領域へと突入していく。
『だ、だから……っ! 私たちの添い寝も、夜の誘いも、全部あの余裕な態度で躱していたのね……!?』
『嘘よ……嘘よ! あんな若い子が……ボスの本命だったなんて……っ!』
ヘンドリックにとっては、離れて暮らす唯一の肉親である【妹】との、久々の微笑ましい家族の再会に過ぎない。彼が莫大な資産を築いていたのも、彼女を王都の立派な学校へ通わせるためだったのだ。
しかし、そんな事情を知らない三人の目には、完全に「隠していた本命の若い恋人との甘いデート」にしか見えなかった。
「……後をつけるわよ。あの小娘がどこの馬の骨か、そして私たちのリーダーをどうやって誑かしたのか……徹底的に調べ上げなきゃいけないわね」
エリーゼの瞳から、完全にハイライトが消えていた。
最強の便利屋の平和な休日は、背後に迫る三人のヤンデレ一歩手前の乙女たちによって、最悪の修羅場へと変貌しようとしていた。




