第34話:過去の傷跡と、二度目の絶望
路地裏で殺気を膨らませる三人をよそに、ヘンドリックと妹の会話は穏やかな空気に包まれていた。
「お兄ちゃん、もうそろそろ良いんじゃない?」
妹が心配そうな瞳でヘンドリックを見上げる。彼女は、兄が三十五歳になっても独身を貫いている本当の理由を知っていた。
若い頃、ヘンドリックはかつてのパーティーメンバーの恋人を、ダンジョンの罠から守りきれず大怪我を負わせてしまった過去がある。それ以来、彼は『大切な誰かを作れば、また自分の無力さで傷つけてしまうかもしれない』という重いトラウマを抱え、他者との深い関係から意図的に距離を置いていたのだ。
「俺は万年レベル1の便利屋だからね。誰かの人生を背負う資格なんて、まだないさ」
「もう……。お兄ちゃんの周りには、今すっごく素敵な人たちがいるのに」
妹は呆れたように笑い、再び頬にキスをしてから「またね!」と手を振って去っていった。
『……別れたわ。よし、追うわよ』
エリーゼたちは息を潜め、傷心のままヘンドリックの尾行を続けた。本命の若い恋人が帰ったのだから、彼も拠点に戻るだろう。そう思っていた彼女たちの前に、さらなる地獄が待っていた。
ヘンドリックが向かったのは、街の裏手にある【孤児院】だった。
そこで彼を出迎えたのは、私服姿の清楚で美しいシスターだった。しかも彼女の腕の中には、まだ小さな幼児が抱かれている。
「ヘンドリック様。毎月の多大なご寄付、本当に感謝いたします。子供たちも貴方様が来てくださるのを心待ちにしておりました」
「気にしないでください、シスター。約束通り、今日は老朽化した屋根の改修と、水回りの整備に来ただけですから」
ヘンドリックは優しく微笑み、シスターに抱かれた幼児の頭を愛おしそうに撫でた。幼児も「へんどりっく、だぁいすき!」とキャッキャと笑い、シスターもまた聖母のような慈愛の笑みで二人を見つめている。
その光景は、どう見ても『休日に家族サービスをする仲睦まじい夫婦と子供』にしか見えなかった。
路地裏の物陰。
『『『…………ッッッ!!!???』』』
三人の乙女たちは、ついに膝から崩れ落ちた。
『こ、恋人だけじゃなく……奥さんと、隠し子までいたなんて……っ!』
サンネが両手で顔を覆い、音もなく涙を流す。
『う、うわぁぁぁん! ボスぅぅぅ! わたしのむねじゃダメだったんだゾぉぉ!』
ミラは声を出さないように必死に口を押さえながら、大粒の涙をボロボロとこぼしている。
『……だから、私がどんなに夜這いをかけても、彼は愛する家族のために理性を保っていたのね。なんて……なんて誠実で、残酷な人……』
エリーゼは完全に光を失った虚ろな瞳で、仲睦まじい三人(に見える光景)を眺めていた。
ヘンドリック本人はただ【土木建築Lv1】で孤児院の雨漏りを直しに来ただけの、純度百パーセントのボランティアである。
だが、そのあまりにも強すぎる包容力と謎の人脈が、愛する仲間たちを再起不能の絶望へと叩き落としていた。勘違いの連鎖は、最強のパーティーをかつてない崩壊の危機へと導こうとしている。




