第323話:屋敷への襲撃と、消えた主
深夜。
警戒線が切り裂かれる音とともに、屋敷は不気味な襲撃者たちに包囲された。
暗闇から現れた者たちは、明らかに正常ではなかった。
そのスキル構成は無理やり継ぎはぎされ、剣術と魔法と身体強化が、本来あり得ない形で混在している。人為的にレベルを操作された、「実験体」たちだった。
「来ますわ!」
エリーゼの声を合図に、屋敷の防衛が動いた。
サンネの剣が閃き、実験体の一人を峰打ちで沈める。土の精霊たちが地面を隆起させて足止めし、闇の精霊が影から拘束を仕掛ける。地下からはGたちが湧き出し、侵入者の足元を這い回って動きを乱した。
敵は強大な力を持っていた。だが、まるで壊れた人形のように統率がなく、ただ力を暴走させているだけだった。
「……こいつら、人間だったのか」
ヘンドリックが一人を無力化しながら、その歪められた肉体の惨状に、深い痛ましさを覚えていた。
瞳に光がない。言葉を発しない。ただ命令に従って動くだけの、抜け殻。
これが、敵のやってきたことだ。
「エリーゼ! こいつらの魔力を診てくれ!」
「はい! ……ひどい。魔力回路が、無理やり作り替えられていますわ」
エリーゼが精霊魔法で診断しながら、痛ましげに眉をひそめた。
「元のスキル構成の痕跡が、かろうじて残っています。剣術Lv3……本来は、村の自警団程度の力しか持たない方々ですわ」
「それを、こんな化け物に作り替えたのか」
サンネの声に怒りが滲む。
彼らは敵ではあるが、同時に被害者でもあった。
◇ ◇ ◇
戦闘が終息した頃。
地に倒れた襲撃者の一人が、突然、機械のような単調な声で告げた。
「鍵を渡せ」
全員が身構える。
「さもなくば、この地の者を、順に実験体に変える」
そして、指定の拠点を告げた。北の山中、廃鉱の奥。
「一人で来い」
そこまで言い切ると、襲撃者は糸が切れたように意識を失った。
リビングに集まった面々に、青ざめた緊張が走る。
「旦那様。これは罠ですわ」
エリーゼが真っ直ぐに彼を見た。
「行ってはなりません」
「……分かっている」
ヘンドリックは、平坦にそう答えた。
あまりにも自然に答えたので、誰もそれ以上追及しなかった。
ただ一人、エリーゼだけが、その夜、なかなか寝つけなかった。
◇ ◇ ◇
そして、翌朝。
屋敷の主の姿は、どこにもなかった。
執務机の上に残されていたのは、いつもと同じ素っ気ない字の置き手紙が一通だけ。
『少し出てくる。すぐ戻る』
それだけだった。
だが、彼の部屋からは、愛用の旅装備一式が、綺麗に消え失せていた。
残された手紙を握りしめ、エリーゼの指が小刻みに震える。
「……また、一人で行ってしまわれた」
誰も巻き込まず、一人ですべてを終わらせるための出立。
昨夜、確かに「分かっている」と言った。
あれは「罠だと分かっている」という意味であって、「行かない」とは、一度も言っていなかったのだ。
「……ずるいですわ、旦那様」
騒ぎを聞きつけて、屋敷中の者が集まってきた。
「ボスがいないんだゾ!?」
「馬鹿な、警備はどうした! いや……閣下が本気で出ていくなら、止められる者などおらんか」
サンネが歯噛みする。
ドライアドが、昨夜の会話を思い出して、大粒の涙をこぼした。
「パパ、行かないって言ったのに……嘘つき……!」
その場にいた全員が、言葉を失った。
最愛の妻たちの怒りと悲しみだけを置いて、ヘンドリックは消えていた。




