第316話:精霊たちの一日
「今日こそ我輩が、この屋敷で一番役に立つんじゃぞい!」
爽やかな朝の庭に、土の精霊であるぞいの子の高らかな宣言が響き渡った。
最近、彼には悩みがあった。闇の精霊は主の影を守り、ドライアドは世界樹の化身として尊ばれ、Gたちは有能な従業員として労働環境まで改善してもらっている。
それに比べて、自分はどうか。壁にめり込み、ケリ倒され、モップで小突かれる日々である。
これではいけない。今日こそ、屋敷で一番の功労者になるのだ。
そう固く決意したぞいの子は、渾身の力を込めて、庭の土壌改良に取り掛かった。
結果。
掘りすぎた。
見事なまでに、庭の景観が崩壊した。花壇は陥没し、芝生は隆起し、遊歩道は寸断された。
「……あ」
背後に、ひたひたと気配が近づいてくる。
振り返れば、無表情のベルナデッタが、モップを構えて立っていた。
「あほーなんじゃ」
隣に現れた女の精霊が、実に的確なツッコミとともに、ぞいの子を勢いよくケリ倒す。
庭は、朝から大混乱に陥った。
◇ ◇ ◇
そんな騒ぎを、闇の精霊は影の中から静かに見守っていた。
ミニベルナデッタの姿をした彼女は、本物と並ぶと、まず見分けがつかない。
彼女は、誰も気づかない影の中で、今日も屋敷に忍び寄る危険を未然に防ぎ続けている。決して表には出ず、感謝されることも求めない。
――のだが。
混乱の最中、ぞいの子が「今のうちに仕返しなんじゃぞい!」と、モップを持った小さな影に泥団子を投げつけた。
闇の精霊だと思ったのだ。
しかし、そこにいたのは、本物のベルナデッタだった。
庭に、この日一番の悲鳴がこだました。
「パパに言いつけるの」
「やめるんじゃぞい!!」
世界樹の枝の上からすべてを見ていたドライアドが、コロコロと笑いながら足を揺らしている。
その地下では、労働環境が劇的に改善されたGたちが、今日も黙々と、しかし充実した働きを見せていた。彼らだけが、この屋敷で最も安定した労働者だった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
ヘンドリックが庭に出ると、精霊たちが勢揃いして出迎えた。
「パパ、今日ね、ぞいの子がまた庭を壊したの」
ドライアドが、待ってましたとばかりに報告する。
「……知ってる。報告書が既に三通来ている」
ベルナデッタから、アルフォンスから、そしてシリルから。最後の一通には「修繕費が……!!」という悲痛な走り書きが添えられていた。
ぞいの子が、地面に額を擦り付けて平伏する。
「我輩は……役に立ちたかっただけなんじゃぞい……」
ヘンドリックは、その小さな背中をしばらく眺めてから、小さく息を吐いた。
「……穴を掘るのは、お前の仕事だ。誰も要らないとは言ってない」
「じゃぞい?」
「ただし、次からは掘る場所を先に聞け」
ぞいの子の目が、ぱあっと輝いた。
「わ、我輩、明日から予定を確認するんじゃぞい!」
「あほーなんじゃ」
女の精霊が、また容赦なくケリを入れた。
『……この屋敷、本当に賑やかだな』
呆れたような思考とは裏腹に、ヘンドリックの横顔は、とても穏やかだった。




