第315話:レベル10の弟子と、レベル1の教え
「そ、その、別に祝ってほしいわけじゃねえんだ! ただ、報告というか……」
久々に屋敷を訪ねてきたブラムは、なぜか顔を赤くして、モゴモゴと言葉を濁していた。
ヘンドリックの一番弟子であり、今や名の知れた冒険者となった男である。ダンジョンで裏切りに遭って死にかけたあの日から、彼はひたすら真っ直ぐに強くなってきた。
その隣で、恋人であり相棒でもあるロッテが、あっさりと種を明かした。
「ブラムさん、今日お誕生日なんです。二十四歳になりました」
「ロッテ!?」
「だって、言い出せないままお帰りになりそうでしたから」
ヘンドリックは呆れ顔でため息をついた。
「そういうことは先に言え」
◇ ◇ ◇
誕生日を迎え、ブラムは新たにスキルポイントを一つ獲得していた。
剣術Lv10、火魔法Lv10。それに魔力消費軽減と魔力自動回復、魔力探知。ここまでで二十三ポイント。彼は今日、二十四ポイント目を手にしたのだ。
攻撃の手札をもう一つ増やしたい。ブラムはそう考えていた。
だが、一ポイントで取得できるのは、レベル1のスキルのみである。
「風魔法……Lv1、か」
スキル一覧を睨みながら、ブラムは複雑そうに眉を寄せた。
「……いや、悪くはねえと思うんだ。ただ、その……今更、俺がLv1の攻撃魔法を取るってのは、どうなんだろうな」
彼が気にしていたのは、レベル1そのものの価値ではない。
剣術Lv10、火魔法Lv10。二つのLv10を持つ魔法剣士として、彼はすでに一線級の冒険者として名を知られている。周囲からもそう見られている。
この世界の常識では、強さとはレベルの高さで測られるものだ。Lv10を極めた者が、今更Lv1を新たに取る。それは「伸び悩んで妥協した」と見られはしないか。あるいは、Lv10にもう一歩ポイントを注ぐべきではないのか。
そんな迷いが、彼の口から漏れたのだった。
その一言が、リビングに落ちた瞬間。
その場にいた屋敷の全員が、「……あっ」と息を呑むような顔をした。
エリーゼが扇子で口元を隠し、サンネがそっと目を逸らし、ミラが「ブラム、それ、この屋敷で言っちゃダメなやつなんだゾ……」と小さく呟く。
ヘンドリックが、静かに口を開いた。
「……お前、俺が何を持ってると思ってる」
「あ」
ブラムがハッと凍りついた。
目の前にいるのは、レベル1のスキルしか持たないまま――いや、レベル1だけを三十五個も持ったまま、この世界の頂点に立ってしまった男である。
「す、すんませんっした!!」
勢いよく頭を下げるブラムに、ヘンドリックは苦笑した。
「怒っちゃいない。……だが、お前はまだ、世界の物差しで自分を測っているな」
「……え?」
「レベルが高いから強い。低いから弱い。そう教わってきたんだろう。無理もない。この世界の常識だからな」
ヘンドリックは立ち上がった。
「ちょうどいい。……教えてやる」
◇ ◇ ◇
ヘンドリックはブラムを庭に連れ出すと、実演を交えた講義を始めた。
「レベル1の風は、大木を薙ぎ倒せない。当たり前だ」
ヘンドリックが軽く指を鳴らすと、微かな風が吹き抜けた。それは、そよ風と呼ぶのがせいぜいの、頼りない一陣だった。
「だが、剣を振る一瞬に、刃の背を押すことはできる」
「……押す?」
「火に風を送れば、燃え方が変わる。どう変わるかは、お前のLv10が決めることだ」
ヘンドリックはブラムを見据えた。
「レベル1は、単体で戦うための力じゃない。……お前が既に持っているものを、化けさせるための力だ」
言われるがままに、ブラムが試す。
剣を振る。その瞬間に、風Lv1を刃の背へ添える。
――ヒュンッ。
剣速が、明らかに上がった。踏み込みの一歩が、いつもより半歩ぶん伸びる。
「……っ!?」
次に、火魔法を放つ。その炎に、後ろから風を送り込む。
瞬間、燃え広がるだけだった炎が、鋭い槍のような形へと収束し、庭の的を貫いて、その遥か後方まで焼き払った。
「……嘘だろ。俺の火が、こんな……!」
呆然と立ち尽くすブラムに、ヘンドリックは静かに告げた。
「数字に頼るな。同じLv1でも、使い方で天と地の差が出る」
ヘンドリックは、呆然とするブラムを見据えた。
「世間は、レベルの高さで強さを測る。それが常識だからな。……だが、常識ってのは、誰かが決めた物差しにすぎん」
この世界は、レベル10の大火力こそが至上とされてきた。だからこそ、裏方に徹し、レベル1を積み重ねたヘンドリックは、長らく誰にも評価されなかった。
「お前が今取った風は、Lv1だ。世間から見れば、取るに足らん。……だが、お前の剣と火に組み合わせた瞬間、それは誰にも真似できん一手になる」
そして、少しだけ声を和らげた。
「お前は正統派だ。俺と違って、真っ当に強くなれる。……だからこそ、他人の物差しで自分を測るな。自分の手札を、自分の頭で組み合わせろ」
ブラムは震える手で、懸命にメモを取った。そして、深く頭を下げる。
「……ありがとうございます、師匠」
◇ ◇ ◇
その後、屋敷の面々によって、ささやかな誕生日の席が設けられた。
「実は、準備してました」
ロッテが手作りのケーキを運んでくると、ブラムは泣きそうな顔になった。
「お前……完全に共犯じゃねえか」
「ふふ。ブラムさん、こういう時に素直じゃないですから」
賑やかな祝いの席の終わり際、ヘンドリックが手入れした業物の武器を、無造作に手渡した。
「……大事に使え。次に会う時は、もっと強くなっていろ」
「師匠……! 一生ついていきます!」
「来なくていい。自分の道を行け」
冷たく言い放つヘンドリックだったが、その顔は満更でもない。
かつて、ボロボロになって死にかけていた若者が、今では自分の足で立ち、レベル1の意味を理解しようとしている。
『……あいつも、ずいぶん強くなったな』




