第314話:三人の旅立ち・後編「風の便り」
出発の朝。
公爵邸の門前には、屋敷の全員が見送りのために集まっていた。
「元気でいるんだゾ! たまには帰ってくるんだゾ!」
ミラが尻尾をぶんぶんと振って、大きく手を振る。
その隣で、サンネが腕を組みながら、厳格な顔で頷いた。
「道中、身は自分で守れ。……鍛えてやった甲斐があると、信じている」
ぶっきらぼうな言い方だが、彼女なりの最大限の激励だった。
「困ったことがあれば、いつでも頼りなさい。ここは、あなたたちの家でもありますわ」
エリーゼが優しく微笑みかける。
少し離れた場所からは、マジカが不器用に「……達者でな」とだけ声をかけ、照れくさそうに尖った耳をほんのりと赤くしていた。
ベルナデッタが無言で、日持ちする携帯食料の包みを三人分、押し付けるように手渡す。アルフォンスが「道中の宿の手配は、こちらでいくつか整えておきました」と、抜かりのない書状を添えた。
誰もが、それぞれのやり方で、彼女たちを送り出そうとしていた。
◇ ◇ ◇
最後に、ヘンドリックが三人の前に進み出た。
彼は、治癒の護符、旅の道具、そして当面の路銀といった実用的な装備を、次々と手渡していく。
「……こんなに、いただくわけには」
「持っていけ。荷物が重いのは、命が軽いよりマシだ」
そう言って、彼は最後に、小さなメダルを差し出した。
そこには、公爵家の紋章が刻まれている。
「どこで名乗ってもいい。困ったら、これを見せろ」
ヘンドリックは、少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……俺の名前くらいは、少しは使い道があるだろう」
三人は、大粒の涙を堪えながら、そのメダルを両手で受け取った。
それは、単なる後ろ盾ではない。「お前たちは、この家に繋がっている」という、彼なりの不器用な保証だった。
「……ありがとうございました。本当に」
深く、深く頭を下げた三人は、やがて顔を上げ、朝日に向かってしっかりと歩き出した。
その背中に、ヘンドリックが声をかける。
「たまには手紙をよこせ。……心配する奴が、ここには大勢いる」
三人が振り返り、泣きながら、それでも満面の笑みで、大きく頷いた。
◇ ◇ ◇
それから。
時折、公爵邸に、差出人の名のない手紙が届くようになった。
北の辺境の村で、流行り病に苦しむ人々を助けた話。
南の港町で、身寄りのない子供たちに読み書きを教えている話。
東の街道で、かつて自分たちのパーティーが泣かせた商人を探し当て、何度も門前払いされながら、それでも通い続けて、ようやく詫びを聞き入れてもらった話。
差出人の名は、いつも書かれていない。
だが、誰からの便りかは、屋敷の全員が知っていた。
夕食後の団欒の中、エリーゼが嬉しそうにその手紙を読み上げるのを、皆が笑顔で聞いている。
「……次はどこへ行くのでしょうね」
「あいつら、ちゃんと飯食ってるのか?」とマジカが心配そうに呟く。
「食べてるんだゾ。手紙に『美味しいパン屋を見つけた』って書いてあるんだゾ!」
ミラの報告に、皆が笑った。
少し離れたソファで、ヘンドリックは静かに目を細めていた。
『……あいつらは、あいつらでうまくやってるな』
与えられた場所を出て、自分の足で歩き出した三人。
その旅路が、どうか穏やかであるようにと、不器用な男は、誰にも言わずに願っていた。




