第31話:地獄の記憶と、温かな帰る場所
ギルドでの騒動を終え、【黎明の止まり木】の面々はヘンドリックの拠点である石造りの工房へと帰還していた。
夜も更け、各自が自由に休息を取る中、リビングの片隅でブラムとロッテが温かいお茶を飲みながら静かに語り合っていた。
「……今日、あの連中の顔を見た時、一瞬だけあの迷宮での地獄を思い出しちゃったよ」
ブラムがカップを見つめながら、苦笑いと共に呟く。
「私もです。……盾にもならない前衛、味方を巻き込む無茶苦茶な魔法、そして……最低のリーダー。あのままあそこにいたら、私たちは間違いなく死んでいました」
ロッテは自身の肩を抱くようにして身震いした。
だが、彼女の視線の先――工房の作業机に向かうヘンドリックの背中を見た瞬間、その恐怖はふわりと温かい安心感へと変わっていく。
「でも、今は違います。ヘンドリックさんは、絶対に私たちを見捨てない。夜も結界の中で安心して眠れるし、嫌な思いをすることなんて一つもない……。ここは、私にとって天国みたいです」
「ああ、全くだ。師匠は万年レベル1だなんて言われてるけど、誰よりも強くて、誰よりも俺たちを見てくれているからな」
二人が深い尊敬の念を込めてリーダーの背中を見つめていると、そこへお風呂上がりのエリーゼ、サンネ、ミラがやってきた。
三人はそれぞれに極上のルームウェア(ヘンドリックの理性を削り取るための勝負服)を身に纏い、当然のように彼の作業机の周りへと陣取っていく。
「ヘンドリック、まだ寝ないの? あまり無理をしてはダメよ」
「そうよ。疲れたなら、私が肩を揉んであげるわ」
「ボスー! 一緒にベッドに行くんだゾー!」
三者三様の甘い誘惑。かつての泥沼パーティーのリーダーなら下劣な笑みを浮かべて飛びついていたであろう状況だが、ヘンドリックの反応は全く違った。
「ありがとう、みんな。でも、あともう少しだけ【魔力操作Lv1】の微調整をしておきたいんだ。みんなは先に休んでいてくれないか」
ヘンドリックは振り返りもせず、ただひたすらに魔道具のメンテナンスと、日課である『魔力枯渇訓練』に向けた魔力消費に没頭している。
その横顔は、一切の邪念を感じさせない生真面目な職人そのものだった。
『……ふふっ。本当に、鉄壁の理性なんだから』
エリーゼが嬉しそうに微笑み、サンネとミラも呆れたように、しかし愛おしそうに彼を見つめている。
下心など微塵もない、ただ仲間を安全に迷宮から帰還させることだけを考えて努力し続ける不器用な男。
そんなヘンドリックの姿を見て、ブラムとロッテは顔を見合わせて小さく笑った。
『俺たちも、師匠の背中を守れるくらい強くならないとな』
『はいっ。私、ずっとこのパーティーにいたいです』
かつて地獄を見た若き二人は、最強の便利屋と不器用な乙女たちが織りなす騒がしくも温かいこの場所が、心の底から大好きになっていた。
やがて、完全に魔力を使い果たしたヘンドリックが「……よし、終わった」と呟いた直後、気絶するように机に突っ伏して寝落ちするのだが、それはまた別の話である。




