第304話:獣人族長、本気を出す
翌日。マジカの呼びかけに応じ、中立地帯の広場に多くの魔族が集まっていた。
穏健派だけでなく、疑心暗鬼になりながらも過激派の一部が姿を見せている。マジカが壇上に立ち、仕組まれた憎しみの真実を語ろうとした、まさにその時だった。
「騙されるな! その女は人間の犬だ!」
対話を妨害しようと、過激派の中でも特に凶暴で好戦的な一団が、武器を掲げて広場になだれ込んできた。彼らは黒幕の残党にそそのかされた狂信者たちだった。
「殺せ! 裏切り者の魔王の首を刎ねろ!」
狂乱状態の一団が、数と勢いに任せて穏健派の守りを突破しようとする。マジカが魔法を構えようとした、次の瞬間。
「がはははは! これはガチの方だな!」
地響きを立てて、巨大な影がマジカの前に立ちはだかった。獣人族長だった。
「どけ、獣人! 貴様も人間の味方をするなら……!」
凶暴な魔族の一人が剣を振り下ろすが、族長はそれを素手で軽々と受け止めた。
「勘違いするな、ヒヨッコども。ワシは誰の味方でもない。ただ……」
族長の全身から、空気が歪むほどの凄まじい闘気と魔力が爆発した。それは、かつて彼が魔王として君臨していた時代の、真の覇気だった。
「ワシの背中には今、覚悟を決めた若い魔王がおるんでな。先輩として、少しだけ手本を見せてやるよ!」
そこからは、圧倒的な武の蹂躙だった。
じゃんけんなどというふざけた真似は一切ない。純粋にして極め抜かれた拳と蹴りが、凶暴な一団を次々と宙に舞わせ、大地に沈めていく。
数十人の狂信者たちが、族長ただ一人によって、数分で完全に制圧されてしまった。
土煙が晴れた後、微動だにせず立つ族長の背中を見て、マジカは息を呑んだ。
「マジカよ」
族長が、肩越しに振り返って言った。
「魔王ってのはな、いざという時に皆の盾になる者よ。難しい理屈はいらん。守りたいものを、己の拳で守り抜け。それだけよ」
その言葉は、圧倒的な実力を見せつけた後だからこそ、深く重く響いた。
「……さっきまでじゃんけんしてた奴と、同じ人とは思えねぇ」
マジカが呆れたように呟くと、族長は牙を剥き出して笑った。
「がはは! どっちも本当のワシよ!」
豪快に笑い飛ばす先輩魔王の姿に、マジカは深く息を吐いた。
難しい理屈はいらない。守りたいものを、守り抜く。ただそれだけ。族長のあの背中が、言葉よりも雄弁にそう語っていた。
ヘンドリックが「立派な魔王だ」と言ってくれた。族長が「守りたいものを守れ」と教えてくれた。ならば、もう迷う理由はない。
「……よし。アタシも、腹をくくる」
マジカは拳を握りしめ、力強く顔を上げた。
広場に集まった無数の魔族たちが、固唾を呑んで彼女を見つめている。穏健派も、疑いの目を向ける過激派も。
その視線のすべてを正面から受け止め、マジカはついに、己の言葉を放つために壇上へと歩みを進めた。
なりたての、しかし確かな覚悟を宿した魔王の一歩だった。




