第298話:過激派の凶刃と、便利屋の流儀
魔族領にある穏健派の拠点に、怒号と金属音が響き渡った。
突如として、武装した過激派の魔族たちが襲撃を仕掛けてきたのだ。彼らは一様にどす黒い殺意を放ち、拠点にいた穏健派の魔族たちへ容赦なく刃を振り下ろそうとしていた。
しかし、その後方に立つヘンドリックの目は、彼らの怒りではなく、その手に握られた武器へと向けられていた。
『……妙だな』
ヘンドリックは小さく息を吐いた。辺境の魔族が独自に鍛造したものにしては、その剣や槍の形状はあまりにも洗練されすぎている。
『……この武器、見覚えがある』
その違和感が確信に変わる前に、過激派のリーダー格がマジカに向かって巨大な戦斧を突きつけた。
「人間に魂を売った魔王に、用はない! ここで死ね、マジカ!」
かつての部下であり、同胞でもある者たちから向けられる、明確な殺意。その事実に、マジカは一瞬だけ怯み、その場に立ち尽くした。
「アタシは……お前たちと戦いたいわけじゃない……!」
絞り出すようなマジカの叫びも、怒りに染まった過激派の耳には届かない。
同胞を傷つけることもできず、かといって見捨てることもできない。苦悩に顔を歪めるマジカの横に、ヘンドリックが静かに並び立った。
「お前が守りたいのは、こいつらもだろう」
その低く落ち着いた一言が、マジカの肩の強張りをスッと解いた。
「……ああ。そうだ」
マジカは深く頷き、拳を強く握り直した。殺さず、すべてを無力化する。その覚悟が決まった瞬間だった。
「なら、下がっていろ」
ヘンドリックが短く告げると同時に、彼の手から不可視の魔力が放たれた。
詠唱すらないLv1の複合魔法。だが、その精度と威力は絶大だった。
地面が波打つように隆起し、過激派の足元を土魔法が絡め取って完全に固定する。彼らが身動きを取れずに慌てた瞬間、鋭い風魔法が彼らの手から精巧な武器を次々と弾き飛ばした。
さらに、空気中の水分を凝結させた水魔法が、彼らの視界を優しく、しかし確実に奪い去る。
派手な爆発も、血の雨も降らない。ただ静かに、そして確実に、数十人の武装した魔族が一瞬にして制圧された。
「……動くな。殺しはしない」
ヘンドリックは無力化された過激派の集団を見据え、淡々と告げた。
「お前たちも、被害者だろうからな」
その言葉に、過激派のリーダー格が目を見開いた。
「ひ、被害者だと……? 我らを愚弄する気か、人間!」
「お前たちのその憎しみは、誰かに仕組まれたものだ」
ヘンドリックがそう続けようとした、その時だった。
「がはははは! 面白そうなことをしておるな!」
突如、拠点の壁を豪快にぶち破り、巨大な影が乱入してきた。ミラの父親であり、かつて魔王と呼ばれた獣人族長である。
彼はガチバトルができると期待して目を輝かせながら、拘束されて身動きの取れない過激派の一人の目の前に陣取った。
そして、己の丸太のような太い腕を振り上げ、巨大な拳を相手の顔面スレスレに突きつけた。
「死を覚悟せよ! そして殴ると見せかけて……」
族長はニヤリと笑い、突き出した拳をピタリと止めた。
「最初はグー!」
「な、何をしている……!?」
殺されると覚悟して目を閉じていた過激派の魔族が、あまりの展開の落差に素っ頓狂な声を上げた。
「だから何の参考にもならねぇんだよ!」
マジカの悲痛なツッコミが響き渡る。
しかし、獣人族長が放つ規格外の存在感とプレッシャーは本物だった。圧倒的な暴力の化身が、目の前でじゃんけんを要求してくるという狂気的な状況に、過激派たちは完全に気圧され、緊迫していた戦場の空気が一瞬にして脱力感に包まれた。
「チィッ……今日はここまでだ! 退くぞ!」
戦意を削がれた過激派のリーダー格が、拘束を強引に引きちぎって撤退の合図を出した。
彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていくが、去り際にリーダー格が忌々しげに振り返り、捨て台詞を残した。
「我らの背後には、お前たちの想像を超える力がある……! 次こそは、必ずその首を獲る!」
その言葉を聞き逃さず、ヘンドリックは鋭く目を細めた。
『……やはり、誰かが裏にいるな』
彼は、過激派が落としていった洗練された剣を拾い上げ、その刀身を検めた。
柄の近くに、小さく、しかしはっきりと、見覚えのある刻印が刻まれている。それはかつて、王都を脅かした黒幕の組織が使っていた印そのものだった。
『……あの一件は、まだ終わっていなかったのか』
ヘンドリックは小さく舌打ちをした。
一部始終を扇子越しに静観していたルミナリアが、剣の刻印を覗き込んで妖しく微笑む。
「これは……厄介なことになりそうじゃのう」
魔族領に渦巻く憎しみの根源。その背後に見え隠れするかつての敵の影に、ヘンドリックたちは静かに足を踏み入れていた。




