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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第297話:拉致される便利屋と、頼りない先輩魔王たち

  公爵邸の庭に、魔族領への転移魔法陣が妖しく光を放っていた。


  出発を目前に控えた魔王マジカは、エプロン姿のまま、ヘンドリックのローブの裾を必死に引っ張っていた。


  「なあ、ヘンドリック。一緒に来てくれよ。アタシ一人じゃ無理だって!」


  「君の役目だろう。頑張ってこい」


  「そこをなんとか……! アタシ、魔王になったばかりで、交渉とか派閥争いとか、そういう小難しいことはサッパリなんだよ!」


  「大丈夫だ。お前ならできる」


  ヘンドリックは温かい信頼の言葉をかけながらも、手にしたコーヒーカップを決して放さず、行く気は微塵もないという意志を全身で示していた。


  しかし、追い詰められた魔王は強行手段に出た。


  「もう遅い。出発だ!」


  マジカが強引に魔法陣を起動した瞬間、ヘンドリックの足元が光に包まれた。


  「待て。俺は行くとは言っていな……」


  抵抗する間もなく、ヘンドリックの姿はマジカと共に魔法陣へ吸い込まれていく。


  『……なぜこうなる』


  視界が歪む中、優雅に扇子を広げたルミナリアだけが、「面白そうじゃのう。わらわが外交の手ほどきをしてやろう」と、自らの意志で陣に乗り込んでくるのが見えた。


  気がつけば、ヘンドリックは手にお気に入りのコーヒーカップを持ったまま、薄暗く殺伐とした魔族領の巨大な会議室に立っていた。


  部屋の中央では、和平を望む穏健派と、人間殲滅を叫ぶ過激派の魔族たちが、今にも殺し合いを始めんばかりの剣呑な空気で睨み合っている。


  マジカが「元魔王」として帰還したことで、両派の視線が一斉に彼女へと突き刺さった。


  「おお、マジカ様! よくぞ人間の地からご無事で!」


  「裏切り者め! 人間に魂を売った貴様など、もはや我らの王ではない!」


  怒号が飛び交う中、マジカは完全に萎縮し、助けを求めるように視線を泳がせた。


  彼女の目に留まったのは、会議室の隅で豪快に酒を飲んでいる獣人族長――ミラの父親だった。彼もまた、かつて魔王と呼ばれた男の一人である。


  「おい、族長! あんた魔王の先輩だろ。こういう交渉の場って、どうすりゃいいんだ!」


  マジカが小声ですがりつくと、族長は牙を剥き出して笑った。


  「がはは! 簡単なことよ! 相手が戦を望まぬなら、まずは拳を突きつけ、殴ると見せかけて……じゃんけんよ!」


  「何だよそれ、全く参考にならねぇ!」


  マジカが頭を抱える横で、ヘンドリックは「ああ、あんたも魔王だったな」とだけ呟き、あの時の高速じゃんけんの決着をつけるべきか少しだけ悩んだが、今は面倒なのでやめておいた。


  頼れる先輩などいない。マジカが絶望していると、過激派のリーダー格が巨大な戦斧を床に叩きつけ、凄まじい怒気を放ちながらマジカに詰め寄った。


  「答えろ、マジカ! 貴様は人間の地で、奴らから何を奪ってきたのだ! 我々に示すべき『力』と『成果』があるはずだろう!」


  静まり返る会議室。すべての魔族がマジカの言葉を待っている。


  パニックに陥ったマジカの脳裏に浮かんだのは、最近の公爵邸での平穏な日々だけだった。


  「あ、あのな……すっごく美味い、シチューのレシピを……。隠し味は、水の都の特産スパイスで……」


  やってしまった。マジカは顔を青ざめさせた。こんなことを言えば、ただの料理好きに成り下がったと呆れられ、過激派の反乱は決定的になる。


  会議室の空気が完全に凍りついた、その瞬間。


  「愚かな奴らじゃ。その真意に気づかぬとは」


  マジカの背後に立っていたルミナリアが、底冷えのするような冷酷な笑みを浮かべて前に出た。


  「水の都の希少なスパイスを独占し、人間の脳を焼くほどに依存性の高い美味な食事を普及させる。……それは即ち、人間社会の食料供給網と胃袋を内側から完全に支配し、戦わずして国家を崩壊させるという、極めて高度で恐るべき侵略計画よ」


  ルミナリアの完璧な王族の威圧感と、見事すぎるハッタリに、会議室がどよめいた。


  「な、なんと……! そこまで深い思惑があったとは……!」


  「さすがは魔王マジカ様! 直接の殺戮よりも恐ろしい策!」


  過激派たちが息を呑み、マジカは冷や汗を流しながら「お、おう、そうだぞ」と必死に胸を張った。


  しかし、過激派のリーダー格だけは、まだ納得していなかった。


  「小賢しい策など不要! 魔族に必要なのは圧倒的な力だ! 俺のこの魔力に耐え切れるか!」


  リーダー格が咆哮し、凄まじい闇の魔力と暴風を会議室に解き放った。石造りの床が砕け、猛烈な勢いで土砂とほこりが部屋中に舞い上がる。


  「きゃああっ!」


  マジカが悲鳴を上げた、次の瞬間。


  ピシィィィィィンッ!!


  という澄んだ音と共に、暴風も、飛び散る瓦礫も、すべての破壊がピタリと停止した。


  いや、停止したのではない。部屋の空間そのものを分厚く覆い尽くす、数千層にも及ぶ不可視の『多重結界』が、リーダー格の魔力をあっさりと圧殺したのだ。


  さらに、淡い光が部屋を包み込むと、宙に舞っていたほこりや土砂が、高度な浄化魔法によって塵一つ残さず完全に消滅した。


  会議室に、再び無音の静寂が落ちる。


  全員の視線の先には、部屋の隅で、魔法の詠唱すらなく指をパチンと鳴らしただけの、小柄で猫背の男が立っていた。


  「……ほこりが舞うだろう。俺のコーヒーに入る」


  ヘンドリックは、心底うんざりした顔でそう呟き、ローブについた見えない埃を払った。


  過激派のリーダー格は、ガクガクと膝を震わせ、手にした戦斧を取り落とした。


  ただ『ほこりが舞うのが嫌だ』というそれだけの理由で、無詠唱の多重防衛結界を展開し、自分の一撃を微風のように掻き消したばかりか、空間ごと浄化してみせたのだ。


  「え……? そんな、馬鹿な……信じられん……」


  それはもはや、彼らの理解が及ぶ次元の魔術ではなかった。


  「こ、この圧倒的すぎる力……! そして、この冷徹な佇まい……!」


  過激派のリーダー格が、突如としてヘンドリックに向かって深く土下座をした。


  「あなた様こそが、マジカ様を裏で操る真の支配者! どうか、この私をあなた様の配下に! 総帥とお呼びさせてください!!」


  その言葉を皮切りに、過激派も穏健派も関係なく、会議室にいたすべての魔族がヘンドリックに向かって次々と平伏し始めた。


  「総帥!」「万歳!」という謎の熱狂コールが、魔族領の会議室に響き渡る。


  『……スローライフは、また遠のいたな』


  ヘンドリックは、完全に冷めきったコーヒーを見つめながら、深々とため息をついたのだった。

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