第286話:ドライアドの問いと、世界樹の答え
公爵邸の庭で、世界樹の枝葉が朝の光を受けてきらきらと揺れていた。
黒幕が倒れてから、世界樹は日に日に元気を取り戻している。葉の色が濃くなり、幹の表面に以前はなかった光沢が戻ってきた。セリアが毎朝確認しては、アレンが羊皮紙に記録していた。アレンの羊皮紙はすでに何十枚にもなっていた。
そんなある朝。
ドライアドがヘンドリックの服の裾を引いた。
「パパ、私どうなるの?」
「何が」
「世界樹が完全に回復したら……私は」
精霊は、世界樹と共にある存在だ。世界樹が完全に回復し、自立すれば、ドライアドはどこへ行くのか。本人にも分からなかった。
「……パパと一緒にいたいの。ここにいたいの」
不安そうに見上げる小さな顔に、ヘンドリックは何と答えたらいいか分からず黙った。
そこに、エリーゼが静かに歩み寄って答えた。
「ドライアドさん……世界樹が回復することと、あなたがここにいることは、別の話ですわ」
「でも……精霊って、世界樹と一緒にいるものでしょ?」
「あなたがここにいたいと思うなら、いればいい。世界樹はそれを望んでいると思います」
エリーゼは、眩しそうに世界樹を見上げた。
「……長い間、世界樹を見てきた私が言うのだから、間違いありませんわ」
その言葉に、ドライアドが少し顔を上げた。
ヘンドリックが、ドライアドの小さな頭に手をポンと置いた。
「どこにも行かなくていい。ここにいろ」
「……本当に?」
「ああ」
「……約束?」
「約束だ」
ドライアドの顔に、ぱぁっと花が咲いたような笑顔が広がった。
「……じゃあ、いる!」
そのまま枝に飛びついて、すいすいと世界樹の上へ登っていく。
「パパのそばにいるの! エリーゼ、ありがとう!」
上から元気よく叫んだ。
その光景を見ていたエリーゼの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「……旦那様」
「何だ」
「……また泣いてしまいましたわ」
「そうか」
「……失礼しました」
「泣いていい場面だろ」
エリーゼが少し驚いたように顔を上げた。
ヘンドリックが、珍しく真っ直ぐに言った。
「……ずっと我慢してきた分、泣いていい」
エリーゼはしばらく言葉が出なかった。
やがて、静かに微笑んだ。
「……ありがとうございます、旦那様」
世界樹の枝葉が、祝福するようにさわさわと揺れる。
「パパ、おはよう!」
枝の上からドライアドが手を振った。
「ああ」
ヘンドリックは眩しそうに目を細めた。
『……スローライフは、まだ先だ。でも、まあ』
『……悪くはない……これはこれでありなのか?』




