第283話:水の都へ・一人のはずが
公爵邸のリビングで、ヘンドリックは静かに宣言した。
「水の都に行く。母親に会いに行く」
「お供いたしますわ」
エリーゼが即座に立ち上がる。
「一人でいい」
「「「「「私も行く(じゃ/だ/だゾ)」」」」」
妻たちが一斉に声を上げた。
「一人でいいと言っている」
「「「「「じゃんけんぽん」」」」」
ヘンドリックの言葉は完全に無視され、妻たちの間で熾烈な同行者争いが始まった。
結局。
巨大なワームの背中の上には、ヘンドリックと、じゃんけんに負けても「全員で行けばいい」と結論づけた妻全員が乗っていた。完全に定員オーバーである。そして、ワーム特有のにおいの暴力が再び全員を容赦なく襲っていた。
「また予算が……!!」
出発する屋敷の方から、シリルの悲鳴が遠く聞こえた気がした。
◇ ◇ ◇
やがて、一行は水の都ヘラフテンに到着した。
豊かな水脈と運河が入り組む美しい街並みを見て、反応がそれぞれに分かれた。
「……変わっていないな」
サンネが静かに街並みを見回した。あの角の露店、まだある。運河の石畳の色も同じだ。
「……懐かしいですわ」
エリーゼが小さく呟く。
「悪くない街だ。前に来た時と変わらないな」
魔王が腕を組んで露店を眺める。
「わらわは王女として以前来たことがあるが……こうして皆と来るのは初めてじゃ。よいものだのう」
ルミナリアが運河を見て微笑む。
「ここ、やっぱりキラキラなんだゾ」
ミラが尻尾をパタパタさせながら言った。
妹がにこにこしながら運河を見た。
「私、小さい頃からよく来てたから、一番懐かしい気がする。ここでお母さんと一緒に魚を見たこと、覚えてるよ」
「……俺も、ここの運河は好きだったな」
「え! ボス、水の都好きだったんだゾ!」
「便利屋として長くいたからな」
エリーゼがヘンドリックの隣に並んだ。
「……旦那様と最初に出会ったのも、ここのギルドでしたわね」
「ああ」
「……あの頃は、まさかこうなるとは思っていませんでしたわ」
「俺もだ」
エリーゼが静かに微笑んだ。
「……また来られてよかったですわ」
◇ ◇ ◇
ヘンドリックは小さく息を吐き、妻たちに向き直った。
「ここで待っていてくれ」
「……分かりましたわ」
エリーゼが頷き、全員が大人しくその場に留まった。
ヘンドリックは一人で裏路地を抜け、記憶にある古い家の前で立ち止まった。
思ったより小さい家だった。しかし手入れが行き届いている。自分が仕送りを続けてきたからだろうと思った。
静かに、扉を叩く。
「……誰だい」
中から、聞き覚えのある声がした。
「俺だ」
ゆっくりと、扉が開いた。




