第279話:10分の決着と、影の従者と、終わりの朝
魔術師ギルドの最深部。
王国の顧問も兼任する最高幹部である黒幕が、次々と高位魔法を放っていた。
しかし、小柄で猫背の身をくたびれたローブに包んだヘンドリックは、展開したLv1の複合魔法だけでその全てを捌いていた。
派手な動きは一切なく、ただ静かな圧倒だけがそこにあった。
圧倒的な実力差を前に、黒幕が焦り始める。
「なぜLv1の魔法がここまで……っ!」
黒幕の声に、ヘンドリックは何も答えない。
表情一つ変えず、ただじわじわと相手を追い詰めていく。
後退を余儀なくされた黒幕は、最後の切り札として隠し魔法陣を起動しようとした。
しかし、影の中からミニベルナデッタの姿をした闇の精霊の手が静かに伸び、魔法陣を無効化する。
ヘンドリックは何も言わない。
黒幕が目を見開き、「なぜ……影が……っ!」と狼狽した。
そこで、ヘンドリックが初めて口を開く。
「……俺の影は、俺より気が短いと言っただろ」
その言葉と同時に、ヘンドリックが魔力を全開放する。
「……10分、経ったな」
言葉が終わると同時に、黒幕が崩れ落ちた。
死んではいないが、完全に無力化された状態だった。
ギルドの最深部に、静寂が訪れる。
◇ ◇ ◇
ヘンドリックは、冷たい壁に背をもたせかけた。
無傷ではなく、どこか傷ついていた。
影の中から、闇の精霊が静かに現れる。
「……大丈夫ですか」
「大丈夫だ」
「……嘘をつかないでください」
その言葉に、ヘンドリックが少し笑う。
治療を受けながら、ふと口にする。
「……ありがとう。ずっと一緒にいてくれて」
「……いつもこうしていますので」
二人の間に、静かな空気が流れる。
◇ ◇ ◇
ギルドの処理はイリスたちに任せた。
地上に出たヘンドリックは、待機していたワームに乗って屋敷へと戻る。
王都の空には、夜明けの光が差し込んでいた。
◇ ◇ ◇
屋敷の玄関では、全員が待っていた。
妻たち、妹、シリル、アルフォンス、ベルナデッタ、そして土の精霊たち。
ヘンドリックが、ゆっくりと玄関に立つ。
「……ただいま」
その声を聞いた瞬間、全員が一斉に駆け寄ってくる。
ヘンドリックが苦笑いしながら言う。
「一人ずつにしてくれ。息が……」
足元で、ぞいの子が主張する。
「我輩も頑張ったんじゃぞい!」
しかし次の瞬間、女の土の精霊が「あほーなんじゃ」とケリ倒した。
精霊たちの暴れぶりを見て、シリルが「また予算が……」と遠い目をする。
◇ ◇ ◇
黒幕が倒れたことで、世界樹の魔力吸い上げ装置も停止していた。
世界樹の枝葉が、朝の光を受けて揺れる。
エリーゼが、静かに世界樹を見上げる。
枝の上から、ドライアドが「パパ、おかえり」と言う。
ヘンドリックが見上げて「ただいま」と言う。
『……終わった。とりあえず』
『……スローライフは、まだ先だ。でも、まあ』
世界樹の枝葉が、風に揺れていた。




