第278話:世界樹の異変と、追放無効と、10分の宣告
深夜。公爵邸の一室で、居候のエルフであるセリアが弾かれたように飛び起きた。
「世界樹が……っ!」
彼女の悲鳴に近い声に、記録係であり分析担当のアレンが羊皮紙を広げながら駆け込んでくる。
「世界樹の根元に、魔法陣が仕掛けられています」
エルディスの孫娘であり、世界樹と深い感応能力を持つセリアの言葉に、アレンはすぐさま羊皮紙へ魔力を通して解析を始めた。
黒幕が事前に仕込んでいた罠だった。
「これは……世界樹を枯らす気ですか!?」
「いえ……魔力を『奪う』装置です。全部吸い上げて、どこかへ転送する」
アレンの分析結果に、二人は息を呑んだ。
そこに、騒ぎを聞きつけたエリーゼが慌ただしく部屋へ入ってくる。
「旦那様に知らせますわ」
エリーゼはすぐさま身を翻し、ヘンドリックの元へと走った。
◇ ◇ ◇
裏帳簿が解析されたことを完全に察知した黒幕は、魔術師ギルドの最深部からいち早く先手を打っていた。
公爵邸の周囲の空間が歪み、屋敷全体を包み込むような巨大な魔法陣が展開される。
窓からその光景を見たシリルが、血相を変えて叫んだ。
「強制転移の魔法陣……屋敷ごと追放しようとしている!」
膨大な魔力が魔法陣に満ち、転移の術式が完全に起動する。
しかし。何も起きなかった。
誰もが拍子抜けしたように固まる中、小柄で猫背のヘンドリックが、くたびれたローブを羽織りながら静かに口を開いた。
「……そういえばここ、世界樹の根元に建てた屋敷だったな」
ヘンドリックの言葉通り、世界樹の膨大な魔力が自然と屋敷全体を包み込み、外部からの強制転移の術式を完全に無効化していたのだ。
さらに床下からは、カサカサという微かな音が響いていた。数百万に及ぶGたちが、屋敷の土台に干渉しようとした魔法陣の術式を物理的にかじり、食い破っていた。
「有能な従業員たちが処理してくれたみたいだな」
ヘンドリックは小さく息を吐き、曲がった背筋を少しだけ伸ばした。
◇ ◇ ◇
黒幕の攻撃は、魔法だけでは終わらなかった。
「王国法第〇条により、ヘンドリック公爵の追放を宣告する」
通信用の魔道具を通じて、国王の顧問でもある黒幕の布告が屋敷中に響き渡る。
しかし。
「その追放は無効だ」
回復したばかりのヴァレリウスが、通信の魔道具に向かって即座に言い放った。
「先日、陛下のサインで追放無効化の手続きが完了している。法的根拠はこちらにある」
ヴァレリウスの言葉に合わせ、控えていたアルフォンスが分厚い書類を広げた。
「わしの目を盗んで小細工をしたようだが、詰めが甘かったな」
魔法も法律も通じない。切り札を次々と潰された黒幕の苛立ちが、通信越しにも明確に伝わってきた。
◇ ◇ ◇
後ろ盾を完全に失い、追い詰められた黒幕は、最後の手段として公爵邸の周囲に伏せていた援軍を一斉に呼び寄せた。
無数の兵士や魔術師たちが、屋敷の扉を打ち破ろうと殺到する。
その瞬間。
「邪魔なんじゃぞい!!」
地面が爆発したかのように隆起し、ぞいの子と女の土の精霊が勢いよく飛び出してきた。
二体の土の精霊は空気を一切読まず、突撃してきた援軍を土砂もろとも遥か彼方へ吹き飛ばした。同時に、修復中だった屋敷の塀や庭の装飾も容赦なく粉砕されていく。
「ああっ、また予算が!」
頭を抱えて叫ぶシリルを横目に、ヘンドリックはワームを呼び出した。
「キュウッ」
ワームが嬉しそうに応える。
「ギルドの最深部まで頼む。地中から」
ワームが深く頷き、地中へと潜った。
数分後、ギルドの最深部の床が静かに盛り上がり、小柄で猫背の男が音もなく姿を現した。
圧倒的な気迫を隠すこともなく、黒幕の正面に立つ。
「お前を10分だけ独占する」
その低く静かな声に、黒幕が一瞬だけ怯んだ。
「……何が10分だ」
「終わるまでの時間だ」
◇ ◇ ◇
ヘンドリックは【魔力操作Lv1】のスキルを発動し、静かに複合魔法の術式を展開し始めた。
黒幕が放つ極大の攻撃魔法が嵐のように襲いかかるが、ヘンドリックはわずかな動きで全てを捌き、あるいは自身の魔法で相殺していく。
派手な動きはない。だが、その静かなる圧倒的な力は、一歩、また一歩と確実に黒幕を追い詰めていた。
終わりのための、10分のカウントダウンが静かに始まった。




