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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第276話:裏帳簿と、妹への報告と、崩れる信頼

 夜が明け始めた頃。修復作業の続く公爵邸に、ヘンドリックは帰還した。


 出迎えた妻たちが、土と血の匂いを微かに纏う小柄な夫を見て「どうだった」と短く問う。


「……片付いた」


 ヘンドリックはそれだけ言って、懐から血に濡れた手帳を取り出し、テーブルの上に置いた。


 その禍々しい気配と血痕に、全員が息を呑んで沈黙する。


「シリルと闇の商人に解析を頼みたい。今日中にだ」


 控えていたアルフォンスが「すぐに手配いたします」と一礼して動き出す。


 ヘンドリックは小さく頷き、踵を返した。


「その前に……城に行く。妹に、伝えることがある」


 ◇ ◇ ◇


 王城の一室。


 侍女として働く妹が、仕事の合間を縫って時間を作ってくれた。


 窓から差し込む朝日の中、ヘンドリックは静かに口を開いた。


「……父親が、死んだ」


 妹はしばらく黙っていた。驚きも、悲しみも顔には出さず、ただ静かに事実を飲み込んでいるようだった。


「……最後は、ちゃんとしたの?」


「ああ。スラムの連中を逃がして、俺たちにこの手がかりを残した」


 妹がゆっくりと頷く。


「……そうか。よかった」


 彼女は泣かなかった。ただ少し間を置いて、眩しそうに窓の外の青空を見上げた。


「お母さんには……私から手紙を書くよ」


「頼む」


 二人の間に、どこか憑き物が落ちたような、静かな空気が流れる。


 ふと、妹がヘンドリックの顔を見て笑った。


「お兄ちゃん、顔色悪いよ。ちゃんと寝た?」


「寝てない」


「だめじゃん」


 相変わらずの調子で笑う妹に、ヘンドリックの曲がった背中から、ほんの少しだけ力が抜けた。


 ◇ ◇ ◇


 城の廊下を歩いていると、アイシャとルークに鉢合わせた。


「……妹さんに会いに来たの?」


 アイシャが、ヘンドリックの顔を覗き込みながら尋ねてくる。


「ああ。色々あってな」


「大変だったのね。……顔に出てるわよ」


 心配そうなアイシャの隣で、ルークが頭を掻きながら飄々と言った。


「まあ、生きてれば何とかなるっすよ」


 その適当だが裏表のない言葉に、ヘンドリックは少しだけ笑みを零した。


「……そうだな」


 短いやり取りだった。深くは聞いてこない。だが、その距離感が今のヘンドリックには温かかった。


 ◇ ◇ ◇


 屋敷に戻ると、すでにシリルと闇の商人が手帳の解析を始めていた。


「この暗号……組織の上層部が使う形式ですね。かなり複雑ですが、規則性は見えます」


 闇の商人が淡々と解読を進めていく。


 しかし、途中でページをめくったシリルの顔が、みるみるうちに青ざめていった。


「……閣下」


「何だ」


「この暗号の形式……魔術師ギルドの内部で使われている高度な通信形式と、完全に一致します」


 その場にいた全員の動きがピタリと止まる。


 手帳を持ったシリルの手が、小刻みに震えていた。普段の彼からは想像もつかない、深い絶望の表情だった。


「……私が収集した世界樹のデータ。研究結果の報告書。全部……ギルドを通じて、この組織に流れていたということですか」


 ヘンドリックは黙ってシリルを見つめている。


「私は……ずっと、利用されていたのか……っ」


 シリルは力なく手帳を閉じ、そのまま椅子に深く沈み込んだ。


 ◇ ◇ ◇


 城から屋敷へ戻ってきた妹が、廊下の隅でうなだれているシリルを見つけた。


「……シリルさん、どうしたんですか?」


「……いえ、何でもありません」


「顔色がうちの兄より悪いですよ」


 シリルは自嘲するように苦笑いした。


「……私は長い間、知らずに悪事に加担していたようなのです。収集したデータを悪用されて。研究者として……最悪の失態です」


 妹は黙ってシリルの話を聞いていた。そして、しばらく考えてから、あっさりと言った。


「シリルさんが集めたデータは、本物じゃないですか」


「……え?」


「利用されたことと、シリルさんがやったことが無駄だったのは、別の話ですよ。世界樹のデータは本物で、シリルさんが本気で研究したのも本物。それを悪用した人が悪いんであって、シリルさんが悪いわけじゃないでしょう?」


 シリルは、雷に打たれたように固まった。


「……そういう考え方は、したことがなかった」


「落ち込むのは後でいくらでもできますよ。今は、そのデータをちゃんと使える人のために役立ててください」


 妹はそれだけ言うと、いつもの足取りで歩いていった。


 シリルは、ぼんやりとその小さな背中を見送っていた。


 ◇ ◇ ◇


 深夜。


 闇の商人とシリルが、ついに解析を終えた。


「……黒幕の名前が、出ました」


 リビングに全員が集まる。


 シリルが告げたのは、魔術師ギルドの最高幹部であり、国王の顧問も兼任しているという人物だった。


 さらに、そこにはヴァレリウス公爵との繋がりも克明に記録されていた。


「……ヴァレリウス公爵が、操られていた可能性があります」


 エリーゼが「それは……」と息を呑み、口を閉ざす。


 ヘンドリックは、静かに目を伏せた。


「……あの爺さんは、本物だった。操られていたなら、それは被害者だ」


「どうするんですか、閣下」


 イリスの問いに、ヘンドリックはゆっくりと立ち上がった。


 小柄で猫背なその背中から、静かで、しかし圧倒的な圧力が放たれる。


「片をつけに行く」

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