第270話:魔王の誕生日と、帰還した面々
翌朝。
ヘンドリックが世界樹の根元でぼんやりしていると、エリーゼが歩いてきた。
「旦那様、少しよろしいですか」
「何」
「マジカさんのことなのですが」
「ああ」
「昨日、コロッセウムで何かあったようですわね。……彼女が誕生日を持っていないと聞きました」
「……話したのか、あいつ」
「少し」
エリーゼが微笑んだ。
「条約に加えてあげてください。今日から、ここに来た日を彼女の誕生日として」
「もうそう言ってある」
「……さすがですわ」
「さすがじゃない。当たり前だ」
◇ ◇ ◇
その日の昼。
廊下の角で、魔王がエリーゼたちと何やら話し合っていた。
「……あのルールを、アタシも使っていいのか」
エリーゼが当然という顔で言った。
「もちろんですわ。あなたも妻ですもの」
魔王の耳がじわじわと赤くなった。
「……妻、か」
「そうですわ」
「……まあ、いい」
サンネが頷く。「今日が誕生日なら、今日使えばいい」
「今日?」
「今日じゃ!」とルミナリア。
「今日なんだゾ!」とミラ。
◇ ◇ ◇
ヘンドリックが応接室で書類と格闘していると、扉が開いて全員になだれ込んできた。
「何事だ」
「「「「「まじかるきゃんでぃ誕生日おめでとうございます」」」」」
五人の声が揃った。
「その名前で言うなああああっ!!」
魔王の怒声が屋敷に響いた。
ヘンドリックが遠い目をした。
『……元気になったんだね』
◇ ◇ ◇
賑やかな誕生日祝いが一段落した頃、庭から土の精霊(ぞいの子)がやってきた。
機嫌よさそうな魔王を見て、何を思ったのか。
そっと近づき、魔王のスカートの裾に手を伸ばした。
次の瞬間。
ズドォォォンッ。
ぞいの子が庭の壁にめり込んだ。今日は特に深かった。
「……学習しないんじゃ」
女の土の精霊がため息をつきながら壁のオブジェをケリ倒した。
「……痛いんじゃぞい」
「自業自得じゃ」
魔王が手を払いながら言った。
「……次やったら消し炭にするぞ」
壁からぞいの子の手だけが引っ込んだ。
◇ ◇ ◇
夕方、屋敷の玄関に人影があった。
「……ただいま戻りました、閣下」
イリスが静かに一礼した。
その後ろに、闇の商人が疲れ果てた顔で立っている。
「……生きて帰ってきました……」
さらにその後ろに、三人の女性が並んでいた。
かつてヘンドリックを追放した元パーティー【神創の覇星】の女三人だった。今は魔王チームの一員として動いている。
「……帰りました」
「……遅くなりました」
「……忘れていたわけでは、ないです」
三人が口々に言った。最後の一人が、少し強調するように繰り返した。
「忘れていたわけでは、ないですから」
「……分かってる」
ヘンドリックが答えた。
「お疲れ様。スラムの調査、どうだった」
「……報告があります」
イリスが懐から書類を取り出した。
「闇の商人が解読してくれた内部文書を元に、組織の残党の拠点を三か所確認しました。上層部の所在に関しても、手がかりが」
「闇の商人」
「……は、はい」
「よくやった」
闇の商人が目を丸くした。
「……え? あの、褒められたのですか、今」
「そうだ」
「……生まれて初めて、まともに褒められた気がします……っ」
闇の商人が感極まって目を押さえた。
イリスが無表情のまま「泣かないでください」と言った。
「泣いてます……!」
ベルナデッタが玄関に現れた。
「お帰りなさいませ。……風呂に入ってから報告してください。臭います」
「すみません!!」
◇ ◇ ◇
「……そういえば」
ヘンドリックが全員の顔を見回した。
「組織の上層部の手がかりが出たということは……いよいよ、決着をつけに行く時が近いかもしれないな」
応接室が静かになった。
イリスが静かに頷いた。
「……はい。閣下のご命令があれば、いつでも」
エリーゼが「旦那様」と言った。
「分かってる。ただ、今日じゃない」
「……今日は?」
「今日は魔王の誕生日だ」
魔王が耳を赤くしながら目を逸らした。
「……べ、別に大げさにしなくていい」
「今日はお前の日だ」
「…………」
「うっさい、とは言わないのか」
「…………うっさい」
小さい声だった。
ヘンドリックは小さく笑った。
『……賑やかになったんだよな。ここが』




