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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第268話:王女の一日と、魂の引力

「行ってらっしゃいませ、ルミナリア殿下」


 エリーゼが微笑みながら言った。

 いつもの笑顔だったが、どこか違う。


 ミラが知っている。サンネも知っている。あの目は、戦場で戦友(仲間)を送り出す目だ。


「……エリーゼ」

「何ですか」

「その目、やめてくれんか。なんか、覚悟を決めた兵士みたいじゃ」

「あら。……実際そうですわ」


 エリーゼが穏やかに続けた。


「どうか、思いきり甘えてきてください。殿下はずっと、我慢してこられましたから」


 ルミナリアは少し黙って、それから小さく頷いた。


「……行ってくる」


 ミラが「ルミナリア、全力で楽しんでくるんだゾ!」と叫んだ。

 サンネが「……ご武運を」と静かに言った。

 魔王が腕を組んで目を逸らした。「……まあ、行ってこい」


 ルミナリアは振り返らずに、屋敷の玄関を歩き出した。


 ◇ ◇ ◇


 王都の市場。


 ルミナリアは普段の華やかなドレスではなく、シンプルな濃紺のワンピースを着ていた。王女と分かる人間には分かるが、普通に歩いていれば気づかれない。


「……何か欲しいものはあるか?」

「いや、別に。ただ歩きたいだけかな」

「ただ歩く……」


 ルミナリアが、その言葉を反芻した。

 考えてみれば、ただ歩いたことがあまりない。どこへ行くにも護衛がいて、明確な目的があって、王族としての立ち居振る舞いを常に意識して生きてきた。


「……そうか。ただ歩くのか」

「うん」


 ヘンドリックがゆっくりと歩き出した。

 ルミナリアは少し遅れてついていき、ふと、自分から彼の手を掴んだ。


「……わらわ、手をつなぎたかったんじゃ」

「……そうか」


 ヘンドリックは何も言わず、つながれた手をそのままにした。


 しばらく二人で市場を歩いた。露店の果物を見て、焼き菓子の匂いに立ち止まって、猫が塀の上で昼寝しているのを眺めた。


『……こういう静かな時間、俺は好きだ』


 ルミナリアが小さく笑った。


「……ヘンドリック。わらわに人が寄ってくる理由、いつも分かってしまうんじゃ」

「どういう意味だ」

「容姿がよければ、近づいてくる人間の目的が透けて見える。利用しようとしているか、見世物にしようとしているか。純粋に話したいのか、それとも王女という肩書が欲しいだけか」


 ヘンドリックが黙って聞いている。


「じゃから、ずっと扇子で顔を隠していた。笑うのも、表情を作るのも、全部計算のうちじゃった。……疲れるんじゃ」

「そうだな」

「そなたは……最初から、わらわのことをただの面倒な王女としか見てなかったじゃろ」

「まあ、そうだな」

「それが……楽じゃった」


 ルミナリアが、ヘンドリックの手を少し強く握った。


「計算しなくていい人間が、そなた一人だけじゃった」


 ◇ ◇ ◇


 川沿いの石段に腰を下ろして、二人で川を眺めていた時だった。


「……ヘンドリック、一つ聞いていいか」

「何だ」

「エリーゼのこと……本当にドストライクなのか」


 ヘンドリックが少し固まった。


「……なんでそれを」

「報告書を見た」

「見たのか」

「見た」


 沈黙。


「……まあ、そうだな」


 ヘンドリックが観念したように言った。


「わらわは……そういう意味では、エリーゼには敵わんと思っていたんじゃ」

「そんなことは」

「ないと言っても無駄じゃ。ないものはある。それだけのことじゃ……と思っていた」

「思っていた?」

「……報告書に、わらわのことも書いてあったじゃろ」


 ヘンドリックが黙った。


「エリーゼに勝るとも劣らず、と。……微差じゃが、むしろわらわの方が」

「……読んだのか、全部」

「全部じゃ」


 しばらく沈黙が続いた。

 ヘンドリックが川を眺めたまま言った。


「……二人とも、俺のドストライクだ。それだけだ」

「…………」

「どっちが上とか下とか、そういう話じゃない」


 ルミナリアが少し目を瞬かせた。それから、ふっと笑った。


「……エリーゼに言ったら喜ぶのじゃろうな」

「言わなくていい」

「言わんよ。……でも、あ奴はきっと、もう知っておる」


 ヘンドリックが眉をひそめた。


「あいつ、なんでも知ってるな。それとお前ら、よく目配せしてるのを見かけるんだが」

「……気のせいじゃ」

「そうか」


『……似た者同士だから仲がいいとは思っていたが。あの二人が組むと、何か恐ろしいことになる気がするな』


 ルミナリアが川を眺めながら続けた。


「……どんなに容姿端麗と言われても、自分が気にしていることは気になる。それはそなたも同じじゃろ」

「……そうだな」

「そなたは猫背で、老けて見えて、くたびれたおっさんじゃ」

「分かってる」

「わらわにはそれが全部、どうでもよかった。なぜじゃろうな」


 ルミナリアが川のせせらぎに目を細めた。


「わらわにも分からん。……しいて言えば、魂が惹かれ合ったのじゃ。そういうことにしておく」


 ヘンドリックが少し笑った。


「……そういうこと、にしておくか」

「うむ」


 二人でしばらく、静かに流れる川を眺めていた。


 ◇ ◇ ◇


 夕暮れ時、屋敷に戻った。

 王女の一日、残すところあと数刻。


 自室の前。ルミナリアがヘンドリックの前に立ち、少し息を吸った。


「……ヘンドリック」

「何」

「わらわは……そなたが好きじゃ」

「……知ってる」

「じゃから」


 ルミナリアが少し背伸びをして、ヘンドリックの頬に手を添えた。

 ゆっくりと、顔を近づけた。

 唇が触れた瞬間。


 ルミナリアの体が、完全に固まった。


「…………」

「…………」

「……わ、わらわは……その……」


 顔が耳まで真っ赤だった。


「自分からしたのに……恥ずかしすぎて……これ以上は……」

「……そうか」


 ヘンドリックが静かに言った。


「無理しなくていい」

「……でも」

「無理しなくていい」


 ルミナリアがしばらく黙っていた。

 夕暮れの光が、二人の間に静かに差し込んでいた。


 ◇ ◇ ◇


 夜が深まった頃。


 ルミナリアはヘンドリックの部屋の扉の前で、長い時間立ち止まり。

 それから、ゆっくりと、覚悟を決めたように扉を開けた。


 ◇ ◇ ◇


 夜明け前。


 ルミナリアは静かに起き上がり、乱れた衣服をそっと整えた。慣れない手つきで、丁寧に。

 隣でまだ眠っているヘンドリックの顔を、しばらく見つめた。

 いつもの仏頂面が、眠っている時だけは少し緩んでいる。


 ルミナリアは少し身を屈め、そっと、額に唇を落とした。

 起こさないように。それだけそっと。


 その瞬間、ヘンドリックがぼそりと寝言を言った。


「……もう……無理……」


 ルミナリアの顔が、またじわじわと赤くなった。


「…………」


 何が無理なのかは、聞かないことにした。

 それから静かに立ち上がり、台所へと向かった。足取りが、いつもより少し充実していた。


 ◇ ◇ ◇


 朝日が差し込む頃、ヘンドリックが目を覚ました。

 起き上がろうとして、腰に手を当てた。


「……いたた」


 台所の方から、何かが焦げるような匂いと、ルミナリアの小声が聞こえてきた。


「……なぜじゃ。なぜ卵がこうなるんじゃ……」


 ヘンドリックはしばらく天井を見上げてから、ゆっくりと、腰をかばいながら起き上がった。

 台所を覗くと、ルミナリアが見事に黒焦げになった卵焼きを前に途方に暮れていた。エプロンが微妙に曲がっている。髪もまだ少し乱れている。


「……手伝うか」

「い、いらん! もう少しでできる!」

「そうか」


 ヘンドリックは台所の入り口に寄りかかって、静かに眺めていた。


『……その気持ちが、嬉しいんだ』


 出来上がった朝食は、お世辞にも上手いとは言えなかった。

 ヘンドリックは全部食べた。


「……うまい」

「嘘をつくな」

「うまい」

「……意地悪じゃ」


 ルミナリアが少し目を赤くした。


「……また、作っていいか」

「ああ」


 ◇ ◇ ◇


 その後、廊下でエリーゼとすれ違った。


「……おかえりなさいませ」


 エリーゼが静かに言った。


「……ただいま」


 ルミナリアの声は、いつもより少し低かった。

 二人はしばらく何も言わなかった。


「……どうでしたか」

「……わらわにもわからんのじゃ」


 ルミナリアが少し笑った。


「……でも、『魂が惹かれ合ったのじゃ』というのは、本当のことじゃったと思う」


 エリーゼが、戦友を迎えるような柔らかい表情で微笑んだ。


「……そうですわね」


 二人の視線が、一瞬だけ合った。

 言葉はなかった。でも、全部伝わっていた。

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