第27話:最奥の採掘と、便利屋の誤算
フェルウェ大迷宮の最奥エリア。
エリーゼの完璧な指揮のもと、【黎明の止まり木】の面々は次々と強力な魔物を討伐していた。
「サンネ、敵の右翼を押さえて! ミラは遊撃、ブラムとロッテで中央を突破してちょうだい!」
エリーゼの【魔力視Lv5】による的確な状況把握と、ヘンドリックの教えで無駄を削ぎ落としたメンバーたちの動きが見事に噛み合っている。もはや彼らの連携に、一切の隙はなかった。
『すごいな……。まさかここまで綺麗に連携できるようになるとは』
後方で見守りながら、ヘンドリックは深く感心していた。
魔物の群れが完全に沈黙すると、彼は静かに壁際へと歩み寄り、【鑑定Lv1】を発動する。
「あったあった、前にも言ったかも知れないけれど、魔道具で底上げしていても所詮はレベル1の鑑定だからね。レアな物体は鑑定不能と出るんだよ。だから鑑定不能の場所に【土魔法Lv1】で周りの物体を除去、残ったのがレアな物体なんだ。みんな、よくやってくれたね。それじゃあ、俺は俺の仕事をさせてもらうよ。」
ただのレベル1スキル。しかし、ヘンドリックの【魔力操作Lv1】と【気配察知Lv1】が組み合わさることで、鉱脈の急所を正確に捉え、無駄な力を一切使わずに岩盤を崩していく。
みるみるうちに、深層でしかお目にかかれないレアメタルが山のように採掘されていく。それを【空間拡張Lv1】の鞄に次々と詰め込む姿は、まさに一流の職人だった。
「相変わらず、とんでもない効率ね……」
エリーゼが感嘆の息を漏らし、他のメンバーも誇らしげに彼を見つめている。
大豊作のレアメタルを抱え、一行は無事に迷宮から帰還した。
その夜。拠点の工房で、ヘンドリックは温かいお茶を飲みながら、くつろぐ五人の顔を静かに見渡した。
『……もう、俺が教えることは何もなさそうだな。俺抜きでも、この子たちは十分にやっていける』
確かな成長を感じたヘンドリックは、カップを置き、穏やかな笑顔で切り出した。
「みんな、今日はお疲れ様。……実は、みんなに伝えておきたいことがあるんだ」
「なんですか、師匠?」
ブラムが不思議そうに首を傾げる。
「今日の探索を見て確信したよ。君たちはもう、完璧なパーティーだ。俺みたいなレベル1の便利屋がいなくても、十分にトップランカーとして迷宮を攻略していける。……だから、そろそろ俺はリーダーを降りて、元の静かなスローライフに戻ろうかと思ってね」
その瞬間、リビングの空気が凍りついた。
「…………え?」
サンネの持っていたカップが、カランと音を立てて床に落ちる。
「い、嫌なんだゾ! ボスがいなくなるなんて、絶対に嫌なんだゾーっ!」
最初に動いたのはミラだった。大粒の涙をポロポロとこぼしながら、ヘンドリックの腰にしがみついて号泣し始めた。
「し、師匠! 俺たちを見捨てるんですか!? まだまだ師匠から学びたいことが山ほどあるのに!」
「私からもお願いします! ヘンドリックさんがいなくなったら、私……っ!」
ブラムとロッテも顔面を蒼白にして詰め寄ってくる。
そして何より、ヘンドリックを震え上がらせたのは、無言で歩み寄ってきたエリーゼとサンネだった。
「ヘンドリック……。あなた、私たちを置いて、一人でどこかへ行くつもりだったの……?」
エリーゼの冷徹な瞳から、ツツーッと綺麗な涙が一筋こぼれ落ちる。
サンネもまた、騎士の誇りなど投げ捨てるようにヘンドリックの手を両手で強く握り締め、必死の形相で懇願した。
「お願い、行かないで……! あなたがいないパーティーなんて、何の意味もないわ! 私の盾は、あなたを守るためにあるのよ!」
「あ、いや……みんな、泣くようなことじゃ……」
ヘンドリックの予想を遥かに超える、全力の引き止め。むしろ、この世の終わりのような絶望と涙の嵐だった。
プロとしての契約満了をスマートに告げたつもりだったおっさんは、彼女たちの重すぎる愛情と依存度の高さを完全に読み違えていたのだ。
「わ、わかった! 悪かった、俺が間違っていたよ! これからもずっと、君たちのリーダーでいるから! だからどうか泣き止んでくれないか!」
結局、五人に泣きつかれたヘンドリックは、引退宣言を数分で撤回する羽目になった。
便利屋おっさんの夢見るスローライフは、彼自身の実力と優しさによって、永遠に失われてしまったのである。




