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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第266話:湯けむりの攻防と、最速の土下座

「旦那様、お風呂に参りましょう」


 エリーゼが静かに、しかし有無を言わさない笑顔で言った。


「ああ、俺はあとでいい。先に入ってきてくれ」

「旦那様も一緒に参りましょう」

「いや、俺は」

「旦那様も一緒に」

「……聞いてるか?」

「聞いておりますわ。旦那様も一緒に参りましょう」


 ヘンドリックが後退りしたところに、後ろからミラがガシッと腕を掴んできた。


「ボス! お風呂に来るんだゾ!」

「仕切りとか、そういうのは」

「許しませんわ」

「裸の付き合いじゃ!」

「わらわが前を洗って……」

「洗わなくていい!!」


 廊下で五人に完全包囲され、脱衣所の扉まであと三歩というところまで追い詰められたその時だった。

 廊下の奥から、アルフォンスが早足でやってきた。


「閣下! 国王陛下とヴァレリウス公爵閣下が、お忍びで! しかも陛下が玄関で土下座を始めてしまいまして……!」


 ヘンドリックの目に、光が宿った。


「これだ」

「旦那様?」

「おい聞いたか! 一国の王が土下座して待ってるんだぞ! さすがの俺もこれは待たせられない! 陛下ぁぁぁ! 今行きますよぉぉ!」


 五人の拘束を力技で振りほどき、ヘンドリックは玄関へと猛ダッシュした。


「……逃げましたわ」


 エリーゼの声が背中を追いかけてきたが、ヘンドリックは振り返らなかった。


 ◇ ◇ ◇


 玄関に出ると、本当に国王が床に額をこすりつけていた。


「ヘンドリック公爵ぅぅぅ! この通りだ! 余は記憶を失っていたとはいえ、とんでもない愚行を……!!」


 その横では、ヴァレリウス公爵が飄々と立っていた。


「やあ、おかえりヘンドリック君。陛下が『一秒でも早く謝罪せねば王冠を捨てる』と聞かなくてね」


 ヘンドリックは即座に床に額をこすりつけた。


「Gのことは、万死に値します。不甲斐ない私のせいで国を混乱させ、あまつさえ陛下がもっとも忌み嫌うあれを王都に解き放った罪。せめて公爵位の剥奪という形で穏便に処していただければ、それで十分です」

「な……なぜそなたが頭を下げるのだ!? 余が謝罪すべきなのだぞ!?」

「いえ、あれを招いたのは私です。陛下は被害者です」

「そうではない! 余がそなたを追放したのだ!」

「陛下も被害者です」

「ヘンドリック公爵ぅぅぅ!」

「陛下も床に額をつけないでください」

「そなたが下げているのに余だけ上げていられるか!!」


 ヴァレリウスが肩を揺らしていた。


「……二人して床に額をこすりつけている光景は、なかなか見られるものではないね」

「笑わないでください公爵閣下!」

「失敬、失敬」


 ◇ ◇ ◇


 ひとしきり謝罪合戦が落ち着いた頃、ヘンドリックは改めて国王を見た。


「……陛下、一つお願いがあります」

「なんなりと言うがいい」

「Gたちは世界樹の浄化に不可欠な存在です。見た目で判断していただきたくない。優秀な従業員です」


 国王が固まった。


「……あの蟲どもが、浄化に?」

「はい。ただ今後は人目につかない場所で活動させます。それだけお約束します」

「……うむ。そなたがそう言うなら……信じよう」

「ありがとうございます」


 ヴァレリウスがニヤリとした。「……便利屋らしい交渉だね」


 ヘンドリックは続けた。


「それともう一つ。今回の騒動の責任を取り、公爵位は剥奪のままにしていただけますか」


 国王が少し間を置いた。

 ヴァレリウスも黙っている。


 二人とも、既に手続きが完了していることを知っている。

 しかし。


「……善処しよう」


 国王が重々しく頷いた。


「陛下の寛大なご配慮、感謝いたします」


 ヘンドリックの目に、かすかな希望の光が宿った。


『……勝てるか? いや、勝てる気がしてきた』


 ヴァレリウスが気まずそうに視線を床に落とした。

 国王が微かに咳払いをした。

 二人は一切、目を合わせなかった。


「ありがとうございます。……っと」


 その時、廊下の奥から女たちの足音が近づいてくるのが聞こえた。ヘンドリックは慌てて立ち上がり、国王とヴァレリウスの両腕を掴んだ。


「それから陛下、旅のホコリまみれでお話するのも何ですから。男同士、裸の付き合いといきましょう。男湯へどうぞ!」

「えっ? あ、ああ……貴殿がそう言うなら……」

「ちょっと待ちたまえ、随分と強引だね?」


 呆然とする二人を引っ張り、ヘンドリックは大浴場へと早歩きで向かった。

 直後、脱衣所の扉がピシャリと閉まった。


 ◇ ◇ ◇


 廊下で、固く閉ざされた扉を見つめる五人の美女たち。


「……逃げられましたわ」

「……しかも国王陛下を盾に使うとは」

「……次は絶対逃がさないんだゾ」

「……見事な逃げ足だ」

「……わらわの誕生日が近い。その時は逃げられぬようにしてやる」


 五人の視線が、静かに、しかし確実に「次の機会」へと向かっていた。


 ◇ ◇ ◇


 大浴場の男湯。


 広い湯船に、ヘンドリック、国王、ヴァレリウス公爵の男三人が、肩まで浸かっていた。

 誰も、何も言わない。

 世界樹の魔力が溶け込んだ湯が、静かに流れる音だけが響く。


 国王が何か言いかけた。ヘンドリックが静かに手を上げて制した。


「……温泉では、野暮な話はしないのがルールです」

「……うむ」


 また沈黙。湯気が揺れる。

 ヴァレリウスが目を細めて天井を見上げた。


「……良い湯だな、ヘンドリック君」

「……ええ」

「……世界樹の恵みだそうで」

「……はい」


 三十五歳の便利屋と、国のトップ二人が、ただ無言で天井を見上げながらお湯に浸かっていた。


 ◇ ◇ ◇


 湯上がりの脱衣所。


 三人が体を拭いていると、国王がぽつりと言った。


「……ところで、ヘンドリック公爵」

「……はい」

「……善処したのだが」

「……はい」

「……すでに元に戻っておるわ。追放の無効化の手続きが、余の知らぬ間に完了しておった」


 ヴァレリウスが手拭いで顔を拭きながら、微かに肩を揺らした。

 ヘンドリックは脱衣所の壁を見つめたまま、しばらく動かなかった。


『……そうか』


「……ヴァレリウス公爵閣下」

「なんだね」

「……いつ手続きをされたんですか」

「君が荒野にいた頃だよ。陛下のサインも頂いた」

「……俺に一言も」

「君が帰ってから伝えようと思っていたよ。実に楽しみにしていた」


 三十五歳の便利屋は、深く深く、遠いため息を吐き出した。


『……スローライフは、まだまだ遠い』

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