第264話:定員オーバーの魔導車と、匂いの暴力
「……さて、乗るか」
迷宮の最深部に作られた隠しガレージ。
ヘンドリックが自らの手で作った地中潜行用の魔導車の前で、一行は立ち止まっていた。
「……あの、旦那様。これ、明らかに定員オーバーなのではなくて?」
エリーゼが、流線型の車体をまじまじと見つめながら指摘する。
この魔導車は、快適性を重視して作られたため、定員は多く見積もっても五、六人である。
しかし現在、ヘンドリック、五人のヒロイン、ミニベルナデッタ(闇の精霊)、そして二体の土の精霊を合わせると、どう考えてもキャパシティを超えていた。
「ああ、だから土の精霊。お前たちはワームに乗ってこい」
ヘンドリックが、壁にめり込んだままのオブジェ(ぞいの子)と、その横に立つ女の土の精霊に向かって指を差した。
「自力で地中を移動できるのは知ってるが、道中でまた道草を食ってやらかされると面倒だからな。ワームに大人しく運ばれてこい」
「主よ、それは名案じゃ。わらわが責任を持って、このアホが逃げないように見張っておくのじゃ」
「……もしくは、お前だけその壁のオブジェのまま置いていくという手もあるが」
ヘンドリックが冷ややかな目を向けると、壁のオブジェがピクッと反応した。
「そ、それはひどいんじゃぞい!! 大人しくワームに乗るんじゃぞい!!」
慌てて壁からスポッと抜け出したぞいの子が、ワームの背中へとよじ登る。女の土の精霊もそれに続き、ワームの触角を器用に操って手綱のように握った。
「キュウゥゥッ!」
ワームは任された役目にやる気を出したのか、勢いよく地中へと潜っていった。
「よし。これで精霊たちの処理は片付いたな。……あとは」
ヘンドリックが魔導車の運転席に乗り込もうとした、その時だった。
「さあ皆さん、詰めれば入れますわよ!」
「閣下! 私の膝の上を使っていただいても構いません!」
「ボスぅ、アタシも助手席に座るんだゾ!」
「おいコラ獣人、アタシの場所を取るな!」
「ええい、わらわは王族じゃぞ! 少しは譲らぬか!」
我先にと乗り込んできた五人の美女たちが、運転席に座ったヘンドリックの周囲に、凄まじい密度で群がってきた。
ミニベルナデッタだけは、スッと後部座席の端の荷物置き場に収まっているが、他の五人は明らかに「わざと」運転席周辺に身を寄せてきている。
「おい! 危ないから運転席に重なるな! うおっ、近い! 近いって!」
右腕にエルフの柔らかい感触。左腕に魔王の豊満な圧力。背中からは騎士の黄金比が押し付けられ、正面からは獣人が首に抱きつき、頭の上からは王女が覗き込んでくる。
ガチャリ。
無情にも魔導車の扉が閉まり、完全な密閉空間が完成した。
「……っ! 熱い! 蒸れる! 頼むから少し離れろ! あと、におうんだ!」
ヘンドリックが思わず叫んだ、その瞬間。
車内の空気が、ピシッと凍りついた。
「えっ……」
「に、におう……?」
五人の美女たちの顔から、一気に血の気が引いていく。
彼女たちは王国最強の実力者であると同時に、年頃の乙女である。一週間もの間、荒野を彷徨い、地底を爆破し、泥まみれになりながらここまでやってきたのだ。
「あ……あああ……っ! わ、私たち、汗臭かったですの……!?」
「か、閣下! 申し訳ありません、すぐに【浄化魔法】を……っ!」
「ボスぅ……アタシ、獣臭いんだゾ……? 嫌われたんだゾ……」
絶望に染まるヒロインたちを見て、ヘンドリックは内心で激しく頭を抱えた。
『違う! そうじゃない!』
ヘンドリックの鼻腔を満たしているのは、汗の臭いなどという生易しいものではない。
エルフの神秘的な花の香り。獣人の甘い日向の匂い。魔王の蠱惑的な香気。騎士の凛とした石鹸の香り。王女の高貴な香水の残り香。
極限まで鍛え上げられた五人分の『極上の甘い匂い』が、密閉された車内でブレンドされ、暴力的なまでのフェロモンとなってヘンドリックの理性を削り取っているのだ。
『めちゃくちゃ良い匂いすぎて、三十五歳の理性がブチ切れそうだ! 思考能力が著しく低下して、運転に重大な支障が出るレベルで困ってる!』
しかし、そんなことを正直に言えるはずもない。
「あー……いや! ちがう、土埃だ! お前たちについた土埃の匂いが少し気になっただけで、別に臭いわけじゃない!」
「ほ、本当ですの……?」
「本当だ! だから……とりあえず、少しだけ密着度を下げてくれ。俺が死ぬ」
ヘンドリックの必死の弁明により、ヒロインたちはホッと胸を撫で下ろし、車内には再び平和(という名のぎゅうぎゅう詰め)が戻った。
「さあ、出発するぞ。しっかり捕まってろ」
ヘンドリックが魔力を流し込むと、魔導車の先端のドリルが猛烈な回転を始めた。
ズゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!!!
極上の匂いの暴力と思考能力の低下に耐え続ける、過酷な数日間のドライブが、今、幕を開けた。
◇ ◇ ◇
――数日後。王都、ヘンドリックの公爵邸の庭。
王都を襲った仮面の集団の残党狩りも終わり、屋敷の庭では、ブラムやロッテ、そして執事のアルフォンスたちが、ボロボロになりながらも崩れた塀の片付けを行っていた。
「……師匠、無事だといいんですが」
ロッテが、瓦礫を運びながら不安そうに空を見上げる。
「大丈夫だ。あの師匠が、そう簡単にくたばるわけがない。それに、あの五人が助けに行ったんだ。今頃きっと……」
ブラムが励ますように言った、その直後だった。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
突如、公爵邸の庭の中央の地面が、激しい地響きと共に隆起した。
驚くブラムたちの目の前で、芝生が吹き飛び、巨大な鋼鉄のドリルがズバァァァンッ!と地中から突き破って現れたのだ。
「な、なんだ!? 敵の大型魔導兵器か!?」
「全員構えろ!」
屋敷の護衛たちが一斉に武器を構え、アルフォンスが前に出る。
静止した巨大なドリルの後方、分厚い鉄の扉が、プシュゥゥゥ……という排気音と共にゆっくりと開いた。
そして。
中から、フラフラとした足取りで、一人の男が転がり出てきた。
「……げほっ、ごほっ……っ」
まるで、凶悪な魔物の群れと三日三晩死闘を繰り広げたかのような、疲労困憊の顔。
しかし、その男の背後からは、満面の笑みを浮かべた五人の絶世の美女たちが、次々と降りてくる。
「ただいま戻りましたわー!」
「無事到着だな!」
護衛たちも、ブラムも、ロッテも、アルフォンスも。
その男の姿を見た瞬間、武器を取り落とし、全員がその場に呆然と立ち尽くした。
「……あー。ちょっと庭を荒らしちまったな」
男は、芝生の惨状を見て気まずそうに頭を掻きながら、小さく笑った。
「……ただいま」
その一言に。
「「「師匠(閣下)ぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」
「おっさああああぁぁぁんん!!!」
公爵邸の庭に、割れんばかりの歓喜の絶叫と、涙声が響き渡った。
ん?誰だよおっさん呼ばわりしたのは・・・ってブラムしかいないか。




