第257話:泥の底の再会と、終わるスローライフ
追放から、ちょうど一週間。
赤茶けた見知らぬ荒野の地下深く、ヘンドリックが魔力だけでリゾート施設のように拡張し続けていた快適なシェルターに、ついに歓喜の時が訪れた。
「……動く。うおおおっ、動くぞ! 声も出るし、立ち上がれる!」
ベッドから飛び起きたヘンドリックが、自身の両手を見つめながら喜びの声を上げた。
全スキルを強制解放した【狂笑の呪面】の絶対的なペナルティ。その長く苦しかった一週間の呪縛から、ついに彼自身の肉体が解放されたのだ。
「いやあ、長かった! 君も本当に一週間、完璧に世話をしてくれてありがとうね。君がいなかったら、俺は今頃あの荒野で干からびてたよ」
ヘンドリックは、傍らに控えるミニベルナデッタ姿の闇の精霊に向かって、心からの感謝を告げた。
記憶が抜け落ちている彼にとって、今の自分は「公爵を理不尽にクビになり(ありがとうございます!)、この荒野に追放された自由の身」である。彼がずっと求めていた、しがらみのないスローライフの始まりだ。
「よし! 俺の記憶は相変わらずあやふやで、外が今どうなってるかもさっぱり知らんが……とりあえず、この快適な地下リゾートで、君と二人でまったり隠居スローライフでも始めようかね!」
ヘンドリックが、満面の笑みで親指をグッと立てる。
だが、闇の精霊は一切の表情を変えることなく、淡々と、そして無慈悲に告げた。
「……お断りしますわ。わたくしにそのような感情は一切ございませんし……何より」
「何より?」
「上空から、旦那様を求めて狂気に狂った『奥様方の質量兵器』が迫っておりますので。……結界、解除します」
闇の精霊が指を鳴らした瞬間、外界からシェルターを隔絶していた完璧な隠蔽結界がスッと消え去った。
「え? 奥様方? 質量兵器って何なのだよ……ん?」
ヘンドリックが呑気に首を傾げた、まさにその時であった。
――ズドォォォォォォォォォォンッ!!!
耳をつんざくような大爆音と共に、ヘンドリックが【土木建築】の粋を集めて作り上げた頑丈なシェルターの天井が、跡形もなく、粉微塵に吹き飛んだ。
「うおおおおっ!? な、なんだ!? 隕石でも落ちてきたのか!?」
リゾート施設のような快適空間が、一瞬にして土砂と瓦礫の山に変わる。
ヘンドリックは咄嗟に腕で頭を庇い、ゲホゲホと咳き込みながら土煙を見上げた。
吹き飛んだ天井の向こうには、彼が一週間ぶりに見る、荒野の青い空と眩しい太陽の光が――なかった。
「……見つけましたわ……旦那様……」
太陽の光を完全に遮るように、上空からゆっくりと、五つの人影が舞い降りてきた。
それは、地中のワームから吐き出され、荒野に気配がないことに一度は絶望し、「旦那様の痕跡がないのなら、この荒野を丸ごとひっくり返してでも見つけ出す」という狂気の決断を下し、実際に大地を爆砕して地底まで到達した――激重ヒロインたちだった。
「ボス……ボス……っ! 生きてたんだゾ……!」
ミラが獣の瞳から大粒の涙を流し、牙を剥き出しにして歓喜に打ち震える。
「閣下……! ああ、神よ、感謝いたします……!」
サンネが、大剣を地面に突き刺し、祈るように両手を組む。
「……面倒な男だ。ワタシの心臓をこれほど跳ねさせた罪、万死に値するさ」
魔王マジカが、不敵な笑みを浮かべながらも、その手からチリチリと危険な魔力火花を散らしている。
「わらわの殿方……! もう二度と、絶対に離しはせぬぞ……っ!」
ルミナリアが、愛と情念でドロドロに滾った熱い吐息を漏らす。
そして。
「……こんな地の底で、ずっと一人で耐えておいでだったのですね。……さあ、もう大丈夫ですわ。私たちと帰りましょう、旦那様……!」
エリーゼが、慈愛と、絶対に逃がさないという絶対零度の執念が入り混じった、極上の笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。
目を血走らせ、殺気と愛憎のオーラを全身からドロドロに立ち昇らせた美女五人が、逃げ場のないすり鉢状の地下空間で、自分を見下ろしている。
その光景を前にして、記憶を失っているヘンドリックは、ガクガクと足の震えが止まらなかった。
『ひえっ……!? だ、誰!? 誰なんだよこの人たち!?』
彼には、彼女たちが自分を深く愛する妻(候補)たちであるという記憶がない。
ただただ、自分を狙う凶悪な魔王軍の幹部か何かにしか見えなかった。
『美人だけど……目が怖い。絶対俺のこと殺すか、生け捕りにして解剖する気マンマンだ。なんでスローライフ初日にこんな暗殺部隊に包囲されてるんだよ……』
一週間、指一本動かせない地獄を耐え抜いた。
ようやく自由の身になり、スローライフの第一歩を踏み出した、そのわずか五秒後。
『俺の夢のスローライフ……初日の数分で、完全に終わった……』
記憶なき便利屋の、青空への絶叫(内心)は、激重乙女たちの歓喜の涙と抱擁によって、あっけなく泥の底へと沈められていったのだった。




