第256話:荒野の隠れ家と、迫る再会
王都での手続きが着々と進められている、その頃。
王都から遥か彼方の、赤茶けた見知らぬ荒野の地下深く。ヘンドリックの【土木建築】によって作られた、涼しく静かなシェルターの中では、すでに数日の時間が経過していた。
あれから何度目になるか、シェルターとは思えない快適空間を目指し、スキルを駆使して拡張を続けていた。
靄はシェルターとは思えない出来栄えになっており、まさにリゾート施設そのものだ。
実体(ミニベルナデッタの身体)を得た闇の精霊が、黙々と、完璧な手際でヘンドリックの世話を続けている。
ヘンドリックの意識は、落ち着いた闇の中で静かに浮遊していた。声は出ない。身体も動かない。だが、彼の内心の思考だけは、日々確実に明瞭さを取り戻しつつあった。
『……あれから、何日経ったのかな。最初は指一本どころか、感覚すらなかったんだけどね。でも、身体の奥の方が、少しずつ動くようになってきた気がするんだけどね』
全スキル強制解放の凄まじい反動。その絶対的な呪縛に、内側から微かな亀裂が入る。
『……あと、もう少し、かな』
ピクリ、と。
ヘンドリックの右手の指先が、ほんの数ミリだけ、確かに自らの意志で動いた。
その極めて微小な変化に、傍らに控えていた闇の精霊は、無表情のまま即座に気づいた。そっと彼の手に触れ、いつもの抑揚のない声で静かに告げる。
「……順調に回復されていますね。旦那様、あとわずかですわ」
『……この子、本当に空気が読めるんだよね。ずっとそばにいてくれて感謝だよね。でも何か忘れている気がするんだよね。うーん、なんだったか……』
以前同様、一部の記憶が思い出せなくなっているヘンドリックだった。
◇ ◇ ◇
同じ頃、地中の深い場所。
ワームが静かに、しかし確実に移動を続けていた。
ヘンドリックの気配は感知できない。闇の精霊の隠蔽が完璧に機能しているからだ。
しかし、ワームには最後に気配のあった座標がある。エリーゼの指示通り、その場所へ向けて一直線に進んでいた。
囲いの中で、エリーゼが静かに目を閉じている。
「……旦那様。必ず辿り着きますわ」
サンネが剣の柄を静かに握りしめる。「閣下、待っていてください」
ミラが膝を抱えたまま呟く。「ボス……もうすぐ会えるんだゾ……」
魔王が腕を組んで目を閉じている。「……面倒な男だ。だが、死ぬなよ」
ルミナリアが扇子を胸に当てる。「わらわの殿方よ。今すぐ会いに行くのじゃ」
五人の想いを乗せて、ワームは地中を突き進む。
外界との気配を完全に遮断された荒野の地下、世界で一番安全な隠れ家で。
主の目覚めと、迫るワームの到達まで――あとわずかであった。




