第255話:兄妹の再会と、王の誓い
「――全く、兄上。お帰りになるのが少々遅すぎましたわ」
ヴァレリウスの言葉が終わると同時に、謁見の間の入り口から、凛とした声が響いた。
姿を現したのは、老公爵の妹であり、ヘンドリック不在の公爵邸を支えていたカトリーヌ夫人だった。美しいドレスの裾は少しばかり煤けていたが、高貴な貴婦人としての佇まいは一ミリも崩れていない。
「やあ、カトリーヌ。元気そうで何よりだ。王都が大変なことになっていると聞いて心配したのだよ」
「元気なわけがありませんわ。兄上がのんびりと旅をしておられる間に、閣下がいなくなって、あの公爵邸がどれほど大変なことになっているか……思い出すだけで頭が痛くなりますわ」
やれやれと首を振る妹を見て、ヴァレリウスは嬉しそうに声を上げて笑った。
「ハハハ! 君がそこまで他人のために目くじらを立てるとは珍しい。……あの便利屋の若造、よほど君のお気に入りになったのだな?」
「気に入るも何も……。あの方は、紛れもない『本物』ですわ。こんな私でも、仕えたいと思わせるほどの器を持った御方。兄上があれほど熱を上げて推薦されたのも、今となっては当然のことでしたわね」
カトリーヌ夫人は兄との会話を切り上げると、ゆっくりと国王の前へと進み出た。そして、優雅に一礼を捧げ、真っ直ぐに王の瞳を見つめた。
「陛下。ヘンドリック閣下は、どのような理不尽に遭おうとも、きっとまた私たちの前に帰ってまいりますわ。あの方は、そういう御方です。……ですから、私たちはただ絶望するのではなく、あの方がいつ戻ってこられてもいいように、今できる最善をいたしましょう」
彼女の揺るぎない信頼の言葉に、国王は深く息を吐き、その瞳にようやく王としての確かな光を取り戻した。
「……うむ。カトリーヌの言う通りだ。余がここで塞ぎ込んでいては、あの者に合わせる顔がないな」
◇ ◇ ◇
「よし、では早速動き始めましょうか」
ヴァレリウス公爵が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて腕をまくった。
「幸いにして、我が国の法には『瘴気や精神汚染によって正常な判断が不可能な状態で行われた国王命令は、遡って無効とする』という古い先例がある。今回はこれをヘンドリック殿の追放令に適用し、公式に勅令を取り消す」
「……それでしたら、ヴァレリウス公爵閣下」
それまで静かに控えていたアルフォンスが、事も無げに、懐から数枚の分厚い羊皮紙の束を取り出した。
「すでに、該当する法的根拠の資料、および追放令無効化の申請書類を、完璧な形で用意しております。こちらの署名欄に陛下のサインをいただければ、ただちに発効いたしますが」
そのあまりの隙のなさに、ヴァレリウスは一瞬目を丸くし、それから可笑しそうに肩を揺らした。
「ククク、相変わらず用意がいい男だ」
「それが、私の仕事ですので」
アルフォンスは表情一つ変えず、淡々と書類を国王の前の机へと広げた。
国王は羽ペンを手に取り、静かに、しかし力強い筆致で自身のサインを書き込んだ。
「……余は、未だにあの者のことを何一つ覚えていない。どれほど素晴らしい男だったかも、この目で見た記憶はない。……それでも、操られていたとはいえ、余が犯した罪、命の恩人を理不尽に追放したという事実は変わらぬ」
書類をアルフォンスへと返しながら、国王は謁見の間の高い天井を見上げた。
「法的に追放を取り消すだけでは足りぬ。あの者が無事に戻ってきたその時には……余が直接、王としてのプライドなど捨て、頭を下げて謝罪せねばならぬ。それが、記憶を失った余に残された最低限の誠意だ」
その言葉を聞いたヴァレリウス公爵は、再びニヤリと、今度はどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「陛下がそこまで大真面目に頭を下げられたら、あの男、きっと酷く困ったような、面倒くさそうな顔をするでしょうな。……クク、あの男は、そういう男ですから」




