第248話:反転の白黒と、愛しき寝顔
迷宮の最深部へと続く大回廊。
エリーゼたちヒロインが正面の強敵を次々と粉砕していく中、側面から湧き出してくる無数の魔物の群れを引き受けていたのは、魔王マジカたちだった。
「ふんっ! ヘンドリックの嫁どもばかりに、いい格好をさせてたまるかよ!」
マジカが指を鳴らすと、虚空に無数の魔法陣が展開される。
そこから放たれた極大の魔力弾が、壁を這い回る巨大な百足の魔物たちをまとめて吹き飛ばした。
かつてはヘンドリックの「黒歴史」に振り回された彼女だが、あの男が自分の魂を削ってまで仲間を逃がした気高き姿には、魔王としての矜持を激しく揺さぶられていた。
「師匠の道を、これ以上塞がせるかぁぁっ!!」
ブラムが裂帛の気合いと共に、身の丈ほどある大剣を振り抜く。
分厚い装甲を持つゴーレムの胴体が、斜めに両断されて崩れ落ちた。
「ブラム君、右からも来ます!」
「わかってる! ロッテ、背中は任せたぞ!」
「はいっ! 師匠の背中は私たちが守るって、約束しましたから!」
ロッテが正確な指示を出しながら、ブラムの死角をカバーする。
二人の連携は、かつて迷宮でヘンドリックに助けられてばかりいた頃とは見違えるほど洗練されていた。偉大なる師匠の犠牲を無駄にしないため、彼らは持てる力のすべてを限界まで引き出している。
そんな熱く激しい死闘が繰り広げられる中――後方では、極めて異質でシュールな光景が広がっていた。
「……対象、捕捉」
無表情な少女、イリスが真面目な顔つきで手の中にあった『黒い石』を前方の魔物の群れの先頭へ向けて正確に投げ落とした。
続いて、群れの最後尾に向かって『白い石』をふわりと投擲する。
カチャン、と。
二つの石が迷宮の床に落ちた、その瞬間。
「「「グギャアァァッ!?」」」
黒と白の石の直線上に挟まれた数十匹の魔物たちが、まるで目に見えない巨大な手に弾かれたように、空中で強引に『ひっくり返され』たのだ。
ゴロンゴロンと無様に仰向けに転がった魔物たちは、なぜかお腹を見せたまま完全に硬直(無力化)し、泡を吹いて気絶してしまった。
「……盤面反転、完了。次の群れを制圧します」
イリスが淡々と、しかし極めて真摯に黒白の石を弄りながら、オセロゲームのように次々と魔物の群れをひっくり返していく。その恐るべき制圧力の影に、すっぽりと身を隠している者がいた。
「ヒィィィィッ! なんで、なんで私がこんな死地について来なきゃならないんですかぁぁっ!」
闇の商人が、イリスの背中を盾にしながらボロボロと大粒の涙を流していた。
彼は泣き喚きながらも、迫り来る魔物の残党に向けて、鞄の中から高価なアイテムを次々と投げつけている。
「ああっ! 私の在庫が! 金貨五十枚の『爆炎の劇薬』がぁぁっ! そっちは金貨百枚の『雷帝の巻物』ですよぉぉっ! 大赤字だ、破産してしまうぅぅっ!!」
ドガァァァァンッ!!
闇の商人が自腹を切って(泣く泣く)投擲する超高級アイテムの嵐が、魔物たちを金に物を言わせた暴力で次々と爆砕していく。逃げ出したいのは山々だが、彼にとってもヘンドリックは『最高の超絶お得意様』だ。あの男がいなくなれば、今後の莫大な利益がすべて水の泡になる。
「公爵様ぁぁっ! 助け出したら、今回のアイテム代、きっちり三倍にして請求してやりますからねぇぇっ!!」
商人の悲痛な(そしてどこまでも現金な)叫びが、迷宮の通路にこだました。
それぞれの想いと、それぞれの戦い方。
ヘンドリックに関わったすべての者たちが、圧倒的な力で迷宮の障害を排除していく。
「見えましたわ! 最深部への大扉です!」
先頭を駆けるエリーゼが、声を張り上げた。
かつて彼らが強制転移させられた、あの場所。大扉の隙間からは、神聖な浄化の光が眩いほどに漏れ出している。
「待っていてください、旦那様。貴方がどれほど記憶を失い、傷ついていようと……必ず、私たちが癒してみせますわ!」
エリーゼが、ルミナリアが、サンネが、ミラが。
そしてマジカやブラムたち全員が、祈るような気持ちで重い扉に手をかけた。
ギギギギギ……ッ!
扉が開き、最深部の全貌が彼女たちの目に飛び込んでくる。
「……え?」
神聖な浄化の跡。己を犠牲にした英雄が倒れ伏しているはずの、悲劇の空間。
そこに広がっていたのは、金ピカのドクロが輝き、無駄に豪華な毛皮が敷き詰められた、成金趣味全開の悪趣味な『ヒャッハー城』だった。
だが、今のヒロインたちにその異様な光景を突っ込む余裕はなかった。
広間の中央に鎮座する黄金の玉座。その足元に、力尽きたように倒れ伏している一人の男の姿を見つけたからだ。
「旦那様っ!!」
エリーゼが杖を放り出し、駆け寄る。
全スキルの強制解放による一週間の反動。その凄まじい負荷により、ヘンドリックは完全に意識を失い、身動き一つ取れない状態になっていた。
「ああ……なんて無茶を……っ」
サンネが跪き、倒れた彼の身体をそっと抱き起こす。
記憶を失い、三下の人格に成り果てていた彼だが、完全に意識を失っている今、その顔にあの下品な笑みはない。静かに目を閉じ、スースーと寝息を立てるその顔は、彼女たちが愛してやまない「いつもの優しい旦那様」の寝顔そのものだった。
「ボスぅ……よかった……生きててよかったんだゾ……っ」
ミラが大粒の涙をこぼし、彼の胸に顔を埋める。
ルミナリアも安堵の息を吐き、扇子で口元を隠しながらそっと目頭を拭った。
「大バカ者め……わらわたちをあのように逃がしておいて、自分はこのような場所で力尽きておるなど……本当に、世話の焼ける殿方じゃ」
エリーゼは彼の頬を優しく撫でながら、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「さあ、帰りましょう。私たちの、愛しきお家へ」
ヒロインたちは、悪趣味な城の真ん中で、愛する英雄(中身は現在最悪の三下)を大切に抱き抱え、感動の涙を流すのだった。




