第246話:白銀の浄化と、気高き勘違い
迷宮の入り口、王都郊外の森。
空間が歪み、白銀の光と共に地面へ放り出されたエリーゼたちは、激しい咳き込みと共に泥に伏した。
「ゲホッ……はぁ、はぁ……だ、旦那様……っ!」
エリーゼが血の気の引いた顔で手を伸ばすが、そこには見慣れた迷宮の入り口の石畳があるだけだ。
彼女たちの身体は、仮面の集団が撒き散らした漆黒の瘴気に深く侵されていた。
「くそっ……身体が、動か……ない……」
弟子のブラムが剣を杖にして立ち上がろうとするが、膝から崩れ落ちる。
ロッテも微弱な浄化魔法をかけようとするが、痺れで指先ひとつ動かせない。
ルミナリア、サンネ、ミラたちも同様だった。致死量の瘴気が神経を麻痺させ、呼吸すら困難にしていく。
だが、それ以上に彼女たちの心を抉っていたのは、肉体の痛みではなかった。
『……ごめんね。あとは、よろしく。……美味しいものでも、食べて待っててよ』
転移の直前、ヘンドリックが見せたあの姿。
自分たちを逃がすため、あの忌まわしき魔道具を起動させた時の、悲しげで、けれどどこまでも優しい『旦那様』の微笑み。
彼が自らの命、あるいは魂そのものを代償にして、自分たちを強制的に逃がしたのだと、皆が痛いほど理解していた。
「あぁ……閣下、なぜ……また、我々を置いて……っ!」
サンネが、己の無力さを呪うように血を吐くような声で地面を叩く。
「ボス……ボスのばかぁ……っ」
ミラが涙と泥で顔をぐしゃぐしゃにして咽び泣く。
なす術もなく、瘴気に命を削られながら、全員が絶望の淵に沈みかけていたその時だった。
ズゴォォォォォォォォンッ!!!
足元の遥か地下深くから、鼓膜を破るような凄まじい地響きが鳴り響いた。
直後、迷宮の入り口を突き破り、天を貫くほどの巨大な『白銀の光柱』が噴き上がったのだ。
「な……なんじゃ、これは……!?」
ルミナリアが目を細める。
その光は、暴力的ですらある圧倒的な【浄化】の奔流だった。
光に触れた瞬間、エリーゼたちの肺を焼いていた瘴気が嘘のように消し飛び、身体の痺れが完全に抜け落ちていく。それどころか、迷宮周辺の淀んだ森の空気や、上空を覆っていた分厚い曇天すらもが一瞬で吹き飛ばされ、王都周辺に抜けるような青空が広がった。
「毒が……消えた……?」
ブラムが自分の手を見て、呆然と呟く。
「これほどの広域浄化……神の御業としか……」
ロッテが震える声で空を見上げる。
だが、エリーゼの瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。
「旦那様ですわ……! あの地下で、旦那様がご自身の命を削って……私たちを、そしてこの地を浄化してくださったのですわ……っ!」
この常識外れの魔力。彼以外にあり得ない。
最期の最期まで自分たちを守るために、己のすべてを振り絞ってくれたのだと――彼女たちはそう『確信』した。
「……わらわたちは、ここで泣いている場合ではないのじゃ」
ルミナリアが煤けたドレスの裾を払い、凛とした顔で立ち上がった。
「あやつは、わらわの愛しき殿方ぞ! 自らを犠牲にしてまで我らを生かした大バカ者を、あの薄暗い地下の底に一人で死なせてたまるものか!」
「当然だ! 閣下の剣たる私が、閣下を一人にはしない!」
サンネが剣を抜き放ち、迷宮の奥を睨みつける。
「ボスを迎えに行くんだゾ! 絶対、絶対に一緒に家に帰るんだゾ!」
ミラが拳を天に突き上げる。
「師匠……! 俺たちも行きます! 師匠の背中は、俺たちが守るって決めたんだ!」
「はいっ! 必ず、師匠をお連れ戻しします!」
ブラムとロッテも、決意に満ちた表情で立ち上がる。
エリーゼは涙を拭い、両手を胸の前で強く握りしめた。
「ええ……行きましょう! 愛する旦那様を迎えに!」
己を犠牲にした気高き英雄を救うため。
ヒロインたちは一切の躊躇なく、死地であるはずの迷宮の奥深くへと、再び足を踏み出していくのだった。
――その頃。
当の英雄本人は、己の欲望のままにぶち建てた悪趣味な『ヒャッハー城』の黄金の玉座に腰掛けようとして、しかしかなわず倒れていることなど、地上の彼女たちは知る由もなかった。




