第245話:狂笑の呪面と、三下城の爆誕
白銀の光が弾け、目障りな「獲物」どもが消えた後の最深部。
一人残された俺――ヘンドリックは、肺にまとわりつく不快な瘴気に激しく咽せ返った。
「ゲホッ、ゴホッ! なんだぁこのクソ不味い煙はよぉ! せっかくの上玉を横取りされた挙句、俺様まで燻製にする気かよ、ええっ!?」
記憶はない。だが、この絶望的な状況を打破し、目の前の仮面野郎どもを皆殺しにして身包み剥いでやるという「三下の本能」だけは、爛々と燃え上がっていた。
俺は震える手で、ポーチの底に眠っていた「もっともヤバい気配」を放つ品を掴み出す。
「ヒャッハー! 仮面には仮面だ! こいつでお前らを地獄の底まで案内してやるよぉ!」
取り出したのは、不気味に歪んだ笑みを湛えた【狂笑の呪面】。
それを己の顔に叩きつけた、その瞬間だった。
ドォォォォォォォォンッ!!!
全身の血管が逆流するような凄まじい衝撃が走る。心臓というポンプを、巨大な魔力の渦が無理やり回し始めたのだ。
体内に眠る、7000という前代未聞の魔力タンク。そこから、実に1000という膨大な魔力が一瞬にして、文字通り「強奪」された。
普通の人間なら、脳が灰になり即座に廃人へと至る魔力の超高負荷。だが、この規格外の「器」を持つ男にとっては、全魔力の七分の一を支払ったに過ぎない。
「……ガハッ、ハハハッ……あぁ、力が、力が溢れて止まらねぇ……ッ!」
お面の奥から漏れ出た声は、もはや三下の卑屈な悲鳴ではなかった。
地面を這い、大気を震わせ、仮面の集団の鼓膜を物理的に叩き割らんとするほどの、地鳴りのような威圧感。
漆黒の瘴気が、俺から放たれる白銀の魔圧に押し戻され、霧散していく。
代償に対する恩恵は、まさに神をも恐れぬ禁忌の領域。
俺が持つ35個のレベル1スキルは、今、そのすべてが最高位の「レベル10」へと強制的に引き上げられていた。
「……行くよ」
死神の鎌が空気を裂くような、冷徹な一言。
俺は無造作に、崩落しかけた迷宮の床に掌を沈めた。
「【土木建築Lv10】、【土魔法Lv10】……複合発動」
かつては「便利」のために緻密に組み合わせていた技巧が、レベル10という神域の暴力に昇華されて解き放たれる。
ズゴゴゴゴゴゴォォォォォォンッ!!!
大地が咆哮した。
迷宮の最深部という空間そのものが、粘土細工のように捏ねくり回される。
土魔法Lv10による「完全なる土質改変」が数万トンの岩盤を瞬時に液状化させ、そこへ畳み掛けるように、土木建築Lv10による「概念的再構築」が、逃げ惑う仮面の集団を標的に『絶対不可侵の石の檻』をコンマ数秒で建築していく。
「あ、が……あぁぁぁあぁぁっ!?」
数秒前までそこにいたはずの刺客たちは、いまや最深部の強固な岩盤の中に、化石のように隙間なく埋め込まれていた。
「ヒャッハ……ハ、ハハハ……最高じゃねえか……っ」
お面の奥で、三下の人格が勝利の悦楽に震える。
だが直後、全身の筋肉が軋みを上げ、視界が明滅し始めた。全スキルを神の領域まで引き上げた肉体への、凄まじい反動の『予兆』だ。
『……チッ、あと数分で完全に動けなくなりやがるな。一週間は指一本動かせねえってやつか』
ならば、意識が飛ぶ前にやることは一つだ。
俺様が安全に、最高に気持ちよく眠れる『ねぐら』を作らなきゃならねえ!
「まずは……このジメジメした汚ねぇ空気をどうにかしてやるよぉ! 【浄化Lv10】、全開発動!!」
俺が天に向けて手を掲げた瞬間、迷宮の最深部から「白い暴力」が解き放たれた。
レベル10へと跳ね上がった浄化の魔力は、触れるものすべてを物理的に漂白し、因果ごと消し飛ばす聖なる爆撃。
光の柱は最深部から迷宮を突き抜け、地上、さらには王都周辺の空にまで到達し、どんよりとした曇天を強引に晴らし、数百年分の穢れを一瞬で「無」に還した。
「ヒャッハー! ゴミ掃除は終わりだ! 次はいよいよ、俺様の城のお披露目といこうじゃねえか!」
俺はニチャリと下卑た笑みを浮かべ、両手を地面に叩きつけた。
「【土木建築Lv10】、【空間拡張Lv10】、【道具作成Lv10】……三重複合、神域建築ッ!!」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォンッ!!!
大地が再び悲鳴を上げ、無骨な棘、ドクロをあしらった装飾、黄金のメッキが施された外壁を持つ、巨大な「ヒャッハー城」が最深部を覆い尽くしていく。
広大な広間には【道具作成Lv10】によって生み出された無駄にフカフカな毛皮の敷物や金の酒杯、そして中央には「成金趣味を極めた巨大な玉座」が鎮座した。
「ガハハハハッ! どうだ! これこそが世界で一番偉い俺様のための城だぁ!」
俺はふらふらとした足取りで城の奥へと進み、黄金の玉座へと深々と腰を下ろした。
その瞬間、限界まで引き絞っていた意識の糸が、無慈悲にぷつりと切れた。
「あ……あぁ……クソ、動け……ねぇ……」
一週間の完全行動不能を告げる闇が、視界を完全に覆い尽くしていく。
だが、俺の口角は吊り上がったままだ。
『……ケッ。……あとは、勝手に、跪きに……来やがれ……』
記憶を失い、変わり果てた姿の「三下王」。
彼は自ら作り上げた悪趣味極まりない玉座の上で、満足げな笑みを浮かべたまま、深い、深い眠りへと落ちていった。




