第243話:有能な采配と、帰るべき『コウシャク』邸
「か、閣下……? どうして扉を閉めたのだ? あの忌まわしき蟲どもを、早く消し炭に……っ」
「ボスぅ……早くあれ、どうにかしてほしいんだゾ……」
大扉を背にして立つ俺に、サンネとミラが涙目で訴えかけてくる。
気絶したエルフたちと、国宝を無駄撃ちして燃え尽きたルミナリアを抱える魔王たちからの無言の圧力も凄まじい。
『……いや、だからあいつらは俺の命令を忠実に守ってるだけの超優良な従業員なんだから、理不尽に消し去るわけにはいかないんだけどね。……でも、このままだと俺がヒロインたちに物理的に消し炭にされそうな気がするな』
俺は胃の痛みに耐えながら、ひとつの名案(最悪の妥協案)を思いついた。
俺は背後の大扉をほんの数センチだけ開け、隙間から顔を出している赤いバンダナのリーダーGに向けて、小声で囁きかけた。
「……いいかい。世界樹は、ここだけではないのだよ。地上にもう一つ、立派なやつがあるんだ」
カサッ、とリーダーGの触角が反応する。
俺はさらに、先ほど上の階層で土の精霊を咥えて去っていったばかりの、俺のテイムした巨大地底ワームを足元へと呼び戻した。
ズゴゴゴゴ……!
地響きと共に大扉の奥の土が盛り上がり、ワームがヌッと巨大な顔を出す。その口の端からは、おやつ代わり(?)にされた土の精霊の泥だらけの足がピクピクと飛び出していたが、今はあいつのことは完全に無視することにした。
「あっちの世界樹も、君たちのような優秀な人材(蟲)の助けを待っている。……ワーム、お前が先導して、こいつらを地上の俺の邸の庭まで案内してやってくれ」
「キュウ!」
ワームが元気よく鳴き(土の精霊がモゴォとくぐもった悲鳴を上げた気がしたが)、その巨大な体で地上へと続く広大な地下道を凄まじい勢いで掘り進め始めた。
俺の意図を完璧に理解したリーダーGは、力強く前脚で敬礼をした。
そして、彼らは一切の音を立てることなく、数百万という大群のまま、ワームの開いた巨大な穴へとカサカサと静かに、そして迅速に行軍を開始し、地中の闇へと消えていったのである。
俺が完全に気配が消えたことを確認し、大扉を全開にすると――。
「「「おおおおおっ!!」」」
そこには、一匹の蟲すら残っていない、清浄な世界樹の空間だけが広がっていた。
「さ、さすがは旦那様ですわ……! わたくしが気を失っている間に、あの忌まわしき蟲どもを、塵ひとつ残さず消し去ってくださるなんて……っ!」
いつの間にか完全に目を覚ましていたエリーゼが、感動の涙を流しながら俺の腕に抱きついてきた。
「ああ……! 我が主の偉大なる魔力は、神聖なる世界樹を穢す悪魔をも完全に浄化されたのですね!」
「閣下……先ほどは疑って申し訳なかった。やはり貴方は、最高の上司だ!」
アレンが猛烈な勢いで羊皮紙に記録を書き殴り、サンネが感極まったように膝をつく。
ルミナリアもパァァッと顔を輝かせ、ボロボロになった扇子を広げた。
「ふふっ、当然じゃ! わらわの愛しき殿方にかかれば、あのような害虫ども、瞬きする間に消え去る運命よ! さあ、脅威は去った! 急ぎ、我が愛しの『コウシャク邸』へ帰るのじゃ!」
「そうだゾ! 早く帰って、ボスの自慢の天然温泉に入るんだゾ!」
女性陣が、Gの脅威が「完全に消え去った」と信じて疑わず、大歓喜の声を上げている。
『……いや、消し去ったわけじゃなくて、土の精霊を咥えたワームに先導させて、君たちが今から帰って温泉に入ろうとしてるその家の庭に、数百万匹まるごと引っ越しさせてる最中なんだけどね。でも、この最高潮の空気の中で「家に全部送ったよ」なんて言ったら、俺が確実に八つ裂きにされるから絶対に黙っておくんだけどね』
それにしても、と俺は心の中で首を傾げた。
『……ルミナリア王女、さっきから【侯爵邸】って連呼してるけど、俺なんてただのしがない元便利屋なんだから、そんな大層な身分、早く返上したいんだけどね。まあ、便宜上の呼び名だから適当に流しておくけどね』
俺は知らなかったのだ。
この数週間の間に、ルミナリアの王家における猛烈な根回しと、俺が地上に世界樹を根付かせてしまった功績(という名のやらかし)により、俺の爵位が【侯爵】から、王族に次ぐ国の最高位――【公爵】へと、すでに秘密裏に爆上がり(強制昇格)させられていることを。
呼び名が同じであるがゆえに、俺は自分が【公爵】になっていることにミクロン単位も気がついていなかったのである。
「パパー! お腹すいたー! 早くお家に帰ろー!」
ドライアドが無邪気に俺の首にぶら下がる。
『……俺の気がかりはただ一つ。家に帰った時、あの数百万の有能な従業員(G)たちが、温泉の脱衣所あたりまで出迎えに来ないかどうかってことなんだけどね。……胃薬、もう一瓶買っておこうかな』
俺は、国の最高位に上り詰めたなどとは夢にも思わぬまま、物理的にも精神的にも終わりの始まりが待つ『我が家』への帰路につく……つもりだった。




