第241話:封印の扉と、カサカサ動く絶望
魔王が見つけた、禍々しくも神聖な大扉。
世界樹の太い根が幾重にも絡みつき、この迷宮の真の最深部を封印しているかのように見えた。
「……ここから先は、かつてないほどの濃密な魔力を感じますわ。皆さま、油断なさいませんよう」
エリーゼが絶対零度の魔力を練り上げ、サンネが剣を抜き、ミラが爪を立てる。
ルミナリアも扇子を構え、エルフの三人(エリーゼ、アレン、セリア)は、さらに神聖な世界樹の深淵に触れる喜びに打ち震えていた。
俺がそっと扉に手を触れると、やはり三下時代の俺の魔力に反応し、重々しい扉がズゴゴゴ……と音を立てて開いていった。
全員が息を呑み、奥の空間を注視する。
だが、そこに強大な魔物の姿はなかった。致死の罠も、古代の秘宝もなかった。
ただ、広大な空間を満たしていたのは――『カサカサカサカサ……』という、耳を塞ぎたくなるような無数の這いずる音。
そして、視界のすべてを黒く塗りつぶす、うごめく波だった。
「「「…………ひぃっ!?」」」
女性陣の悲鳴が、迷宮の最深部に木霊した。
壁、床、天井、そして世界樹の根の隙間。
そこにあるのは、黒光りする無数の『G』の群れだった。
しかし、彼らはただ無秩序に蠢いているわけではない。
無数のGたちは、軍隊のように一糸乱れぬ完璧な統率で動いていた。地中から運ばれてきた迷宮内の生ゴミや魔物の死骸を細かく分解し、極上の『肥料』を精製しては、それを世界樹の根元へとせっせと運び続けているのだ。
一部のリーダー格と思われる少し大きめのGの頭には、なぜか『ヒャッハー!』と書かれた極小の赤いバンダナが巻かれている。
『……あー。思い出したんだけどね。三下時代、この階層の生ゴミの臭いが嫌だったから、【テイムLv1】で数匹のGを捕まえて「ゴミを処理して肥料にしろ」って命令したんだった。それに【空間拡張Lv1】で住処を作って、【気配遮断Lv1】と【浄化Lv1】をかけて放置してたんだった』
俺のありふれたLv1スキルの複合と放置。
それがもたらした結果は、世界樹の根元という膨大な魔力溜まりと相まって、完全自動の『超・高効率Gコンポスト(生ゴミ処理施設)』という地獄の生態系を完成させていたのである。
気配遮断と浄化が完璧に機能していたため、扉を開けるまでエルフたちですらミクロン単位も気づかなかったのだ。
「ぼ、ボス……アタシ、あれだけは殴りたくないんだゾ……」
「……剣が。我が誇り高き騎士の剣が、汚れてしまう……っ」
「がはは……いや、流石のアタシもヨガウェアにアレがつくのは勘弁だぜ……」
どんな強敵にも怯まない脳筋三人組(ミラ、サンネ、魔王)が、武器を持ったままガクガクと震え、完全にフリーズしている。
そして、さらに深刻だったのはエルフ陣営だった。
「……そ、んな。我らが幾千年もの時、魂の故郷として祈りを捧げてきた、神聖なる世界樹が……」
「このような……このような、黒き蟲共の排泄物(肥料)によって、異常なほどの成長と活力を得ていたなど……っ!」
アレンとセリアが、物理的に信仰心を粉砕され、泡を吹いて白目を剥きながらその場に崩れ落ちた。
エリーゼに至っては、瞳からハイライトが完全に消え去り、絶対零度の冷気を纏ったまま微動だにしない。
「パパー! あの子たち、私にご飯(肥料)をいーっぱい運んでくれて、とっても働き者なんだよー!」
そんな絶望のどん底で、ドライアドだけが無邪気な笑顔で俺の首に抱きつき、残酷な事実を肯定してしまった。
『……ごめんエルフの皆。君たちの神聖な木、俺がテイムしたGの養分でスクスク育ってるらしい。俺の三下時代の適当な行動が、取り返しのつかない生態系破壊と信仰崩壊を招いてしまった気がするんだけどね』
気絶するエルフたちと、戦意喪失する護衛たち。
そして、俺への忠誠を誓うようにカサカサと前脚を擦り合わせる、赤いバンダナを巻いたGのリーダー。
俺は、真の最深部で直面した実用性重視の地獄絵図を前に、いっそこのまま扉を閉めて永遠に封印してしまいたいと、切実に願うのだった。




