第240話:大穴の主と、フラグを望む乙女
未知の階段を下りた俺たちが目にしたのは、信じられない光景だった。
「がははは! いいぞ、もっと飛ばせ!」
広大な地下空間を、巨大な地底ワームが猛スピードで爆走している。
その背中には魔王がロデオのように跨り、手綱代わりの触手を掴んで歓声を上げていた。
『……ちょっと待ってほしいんだけどね。あれ、前に別のダンジョンでピンチになった時、俺が皆を助けるためにテイムしたワームだよね? なんで魔王がタクシー代わりに使役してるのかな』
俺が呆気にとられていると、ワームが急ブレーキをかけ、巨大な口をモゴモゴと動かし始めた。
ワームの顎の隙間から、泥だらけになった土の精霊(男)が顔を出して抗議の声を上げる。
「な、なぜじゃ! なぜ土の中で、この土の精霊たるわしがただの虫けらに捕まらねばならぬのじゃ! おかしいんじゃぞい!」
先ほど、エリーゼに氷漬けにされ、イリスに漆黒の鎖で天井から吊るされていたはずの彼。
実は俺たちが移動を始めた隙を突き、奴は自らの魔力を暴走させて氷をひび割れさせると、鎖に縛られたまま氷ごと床の土の中へと無理やり沈み込み、執念で脱出を果たしていたのだ。
そのまま地中を通って先回りしようとしたところ、運悪くこの巨大ワームの捕食圏内に飛び込んでしまい、今度はおやつ代わりに捕獲されてしまった……というのが事の真相らしい。
「かくなる上は……!」
ボキボキボキッ!
土の精霊は、自身の体の関節をすべて物理的に外すという、精霊にあるまじき奇行に走った。
ワームの牙の隙間からズルリと抜け出すと、そのままの勢いでワームから飛び降りようとしていた魔王の足元へスライディングし……。
ベロンッ!!
渾身のスカートめくりが炸裂した。
「……ひぃっ!」
後ろでセリアがまたしてもトラウマを刺激されて悲鳴を上げ、目を塞ぐ。
だが、めくられた当の魔王は、固まるどころかニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「なんだ? そんなにアタシのヨガウェア(下着兼用)が見たいのか? ホレホレ、遠慮すんな! もっと見ろ!」
バサァッ!
魔王は羞恥心などミクロン単位も持ち合わせておらず、自らスカートの裾をさらに高く持ち上げて、引き締まった健康的な太ももをこれでもかと見せつけてきた。
「……え? あ、いや……」
予想外のファンサービス(物理)に、土の精霊が逆にドン引きして完全に固まっている。
『……あいつ、前にも魔王にベロンして全く同じ反応をされてたのに、なんで学習しないのかな。変態のくせに、相手からガンガン来られると引いちゃうタイプなんだね』
俺が冷ややかな視線を送っていると、魔王は満足げにワームの背から飛び降りた。
その直後だった。
完全に硬直していた土の精霊の背後から、ワームがヌッと巨大な顔を近づけ――再び彼を「パクッ」と咥え込んだのである。
「もごぉぉぉぉっ!?」
ワームは主(俺)の姿を確認して一瞬「キュウ」と嬉しそうに鳴いた気がしたが、そのまま土の精霊をガムのように噛み締めたまま、再び土を掘ってどこかへと去っていった。
「ナム……」
一行の後方で、気配を消していた闇の商人がそっと手を合わせて呟いた。
その隣では、闇の精霊イリスが、土の精霊が「連れ戻される」様を、心底満足げな冷酷な笑みを浮かべて見送っている。
一方、そんなカオスな光景を眺めながら、ロッテが隣のブラムの袖を引いた。
「ねえブラム君。ここまで来ましたけど、また私たち何もしてなかったよね」
「ぐさっ! ロ、ロッテ、それを言うんじゃない! 厄介事のフラグが立つだろ!」
ブラムが顔を引きつらせるが、ロッテはにっこりと微笑んで首を傾げた。
「フラグですか? 私たち最近あまり活躍していないので、ぜひ立ってほしいですね!」
『……ちょっと待ってほしいんだけどね。お前たちが活躍するフラグが立つってことは、必然的に俺が死にそうな目に遭うってことなんだよね。頼むからこれ以上フラグを建築しないでほしいんだけどね』
「おう、ヘンドリック! 遅かったじゃねえか。こっちはすっかり準備運動が終わっちまったぜ!」
「いや、俺のテイムしたワームで勝手に遊ばないでほしいんだけどね。……それより、面白い気配って何だったの?」
俺が問いかけると、魔王は親指で背後の暗闇を指差した。
そこには、上の階層にあった世界樹の根がさらに太く絡み合い、巨大な『何か』を厳重に封印しているような、禍々しくも神聖な扉が存在していた。
『……また扉なんだけどね。ロッテのフラグ建築が即座に回収されて、俺のスローライフが物理的な地下の底へ底へと遠ざかっていく気がするんだよね』
俺は、パパと呼んで俺の腰にしがみついて離れないドライアドを抱えたまま、魔王が見つけた新たなる面倒事の気配に、深く深く溜め息を吐くのだった。




