第232話:つつまし同盟と、エルフの葛藤
かつて俺が三下の雑魚と化して踏破した、超高難易度を誇る王都郊外の迷宮。
だが、現在その浅層から中層にかけての道程は、もはやただの騒がしい散歩道と化していた。
「せいっ! 我が剣術Lv5の冴え、とくと味わうがいい!」
「ボスに近づく魔物は、アタシが全部ぶっ飛ばすんだゾ!」
「がははは! 遅え遅え! そんなノロい動きじゃ、アタシのヨガウェアの防壁すら掠らねえぞ!」
前方では、サンネ、ミラ、そして魔王の脳筋三人組が、嬉々とした声を上げながら次々と現れる強力な魔物たちを瞬殺し、文字通り血路を切り開いていた。
彼女たちが通った後には、魔物のドロップアイテムだけが綺麗に散乱している。
そんな安全確保が完璧になされた後方で。
俺の両腕は、完全に身動きが取れない状態になっていた。
「フフ、薄暗い迷宮というのも、旦那様と密着できるのであれば悪くありませんわね」
右腕には、絶対零度の冷気を纏いながらも、俺にだけは蕩けるような熱を向けてくるハイエルフの正妻、エリーゼ……なんか制裁の座に収まっているらしい、いや正妻だった……あまり変わらない?
「うむ。わらわも同感じゃ。いざという時は【万象還元の聖具】を使う用意があるとはいえ、やはり旦那様の傍が一番安心できるゆえな」
そして左腕には、迷宮用の軽装に身を包んだ王女、ルミナリアがしっかりと絡みついている。
『……王女様は戦闘力がないのに、こんな最前線のすぐ後ろで俺の腕に絡みついていて大丈夫なのかな』
俺は少し不安になったが、前衛の三人があまりにも圧倒的すぎて、魔物の攻撃がこちらへ飛んでくる気配はミクロン単位も存在しなかった。
『……まあ、彼女たちが全部倒してくれるなら問題ないか。今の間は好きにさせておこう』
俺は抵抗を諦め、両腕に押し付けられる二人の感触を受け入れた。
エリーゼとルミナリア。この二人は、俺の仲間たちの中でも際立って『つつましい体型』をしていることで密かに同盟を結んでいる節がある。だが、その控えめな膨らみであっても、こうして両側から密着されると、男としてはどうしても意識してしまうものだった。
一方、そんな俺たちの背後では。
エルフの二人組が、俺たちの様子を見つめながらヒソヒソと話し合っていた。
「……エリーゼ様が、あのように殿方の腕に抱かれて穏やかな笑顔をお見せになる日が来るとは。かつての放浪が報われ、お幸せそうで何よりです」
記録係として同行している真面目な男性エルフのアレンが、目頭を押さえながら深く頷いている。
だが、その隣を歩くセリアの表情は、ひ酷く複雑なものだった。
「そ、そうですわね! エリーゼ様がお幸せそうなのは、臣下として何よりも喜ばしいことですわ! ……でも、でもっ!」
セリアは顔を真っ赤にして、俺の背中をジッと睨みつけた。
「あの使い魔にスカートをめくられた、私の乙女としての責任はどうなるんですの!? でも、責任を取って結婚なんてことになったら、エリーゼ様のお幸せの邪魔をしてしまう……! いや、でも責任は取ってもらわないと……ああもう、どうすればいいんですの!」
セリアは一人で勝手に極端なエルフの倫理観と忠誠心の間で板挟みになり、頭を抱えて悶絶している。
『……エルフのセリアさん、さっきから俺の背中にものすごい熱視線を送ってきているんだけどね。ただの恨みじゃなくて、完全に別の意味で俺を狙っている気がするんだけど、いったいどうなってんの?』
最下層を目指す道中、前方には恐ろしい魔物の群れが控え、両腕はつつまし同盟にホールドされ、背後からはエルフの美女に責任を迫られる。
俺は、物理的にも精神的にも逃げ場のないこの状況に、ダンジョンの底よりも深い溜め息を吐きながら歩みを進めるのだった。




