第228話:エルフの責任と、吊るされた精霊
エリーゼによる「永久凍土に沈める」宣言と、俺の必死の制止によって、リビングの修羅場はなんとか収束した。
スカートをめくられたセリアは、顔を真っ赤にしてスカートを必死に押さえたまま、隅の方で小さくなっている。
「……ヘンドリック殿。今回の件、我が孫娘が失礼いたしました」
大長老のエルディスが、再び深々と頭を下げた。
「黎明の森へ戻るにあたり、我らと里との連絡役、そしてこのこうしゃく邸の実務を補佐する者として、孫娘のセリアと、実務担当のアレンの二名をここに残していきたく存じます。……不甲斐ない孫ではございますが、どうかお傍に置いていただけませぬか」
『……連絡役という名目で、またエルフが二人も居候することになったんだけどね。しかも一人は美少女のセリアさんで、もう一人は真面目そうな男性エルフのアレンさん。セリアさんはさっきの件で俺を睨んでいるし、アレンさんには俺がまた何かやらかさないか監視されている気がするんだけどね』
俺が胃の痛みに耐えながら頷こうとした、その時だった。
「おう、おっさん! ひょっこり寄ってみたら、また美女が増えてるじゃないか! 羨ましい……いや、とんでもねえ便利屋だな!」
リビングに、能天気なブラムの声が響き渡った。
彼の背後には、いつものようにロッテが控えている。
「ブラム君、そんなこと言っちゃだめだよ? お師匠様は、いつも皆のために頑張っているんだからね」
ロッテがブラムをたしなめるが、その視線は新入りのセリアに向けられ、鋭く光っていた。
『……ブラム。お前が羨むような状況じゃないんだけどね。……っていうか、そもそも俺が便利屋おっさんのままスローライフを送れなくなったのは、お前が自分の功績を辞退して、全部俺に押し付けやがったからなんだよおおおっ! お前も貴族になって同じ苦しみを味わええええっ!!』
俺は内心で、ブラムに向かってありとあらゆる呪いの言葉を吐きかけたつもりだったが、どうやら心の声を発してしまっていた様子。
『……そうだ、あいつもどこかの貴族に押し込んでやればいいんだよ。そうすれば、国からの面倒な依頼や舞踏会の特訓で、俺と同じように胃を痛めることになるはずなんだけどね』
俺が邪悪な笑みを浮かべながら、ブラムを貴族にするための策略を巡らせようとした、その瞬間。
ロッテが静かに俺の背後に回り込み、耳元で冷たく囁いた。
「お師匠様。……それは悪手です。ブラム君が貴族になれば、私とブラム君がラブラブ(隠語)する時間がなくなってしまいます。……ひそかに阻止させていただきますね」
『……ロッテ。お前、いつの間に俺の内心を読めるようになったのかな。っていうか、お前らすでに公認のカップルで、毎日一緒にお風呂に入るくらいイチャイチャしてる仲だよね。これ以上どうやってラブラブするつもりなのかな』
「え?声出ていましたよ?そのお年でもう…」
ロッテの執念深い視線に、俺はブラム貴族化計画を一時凍結せざるを得なかった。
そして……『まだ耄碌する年じゃねえ!!!!』
◇ ◇ ◇
一方、リビングの隅では。
闇の商人が、このカオスな光景をイリスに捕獲されながら(腕を組まれて密着されながら)眺めていた。
「……娶っちゃえばいいのに。そう思いません、イリス様? あのスカートめくられたエルフの美女も、娶ってしまえば責任も取れるし、戦力も増える」
商人が、ニヤニヤしながらイリスに提案した。
「……そうですね。貴方が娶るという選択肢もありますが?」
イリスが、絶対零度の笑みを浮かべて商人を一瞥した。
「え? いやあ……。俺、イリスさんだけでいっぱいいっぱいというか……」
「そうですか? 嬉しいことを言っていただいて恐縮ですが、甲斐性があるのもいいことなのですよ? ……まあ、貴方は商人ですし、複数の女を養うだけの手腕はお持ちのはず」
「いやあ……なんだかんだで商人だし、俺はイリスさん一筋で……」
商人は、イリスの冷やかな視線に、それ以上言葉を続けることができず冷や汗を流した。
◇ ◇ ◇
「ヘ、ヘンドリック様っ!」
不意に、スカートをめくられたセリアが、俺の前に跪いた。
彼女は顔を真っ赤にして、涙目で俺を見つめている。
「私、私は……貴方の精霊に、辱めを受けました! エルフの乙女として、このような辱めを受けては、もはやお嫁には行けません! ……責任を取ってください! 私と、私と結婚してください!」
「……え? 責任? いや、スカートめくられたのは気の毒だと思うけど、それで結婚って、おかしいでしょ!?」
俺は、あまりにも極端なエルフの倫理観に思わず大声を上げた。
スカートをめくられただけで結婚。もしメイド長のベルナデッタに同じことを言われたら、俺は今頃、モップで粉砕されて肥料になっているはずだ。
「え、エリーゼ! エリーゼ助けてぇ! この子が結婚しろって言ってくるんだけどどうしたらいいんだい!」
俺は隣にいるエリーゼに助けを求めた。
だが、エリーゼはエルディス長老とエルフの里の将来についての話を再開しており、俺の助けをミクロン単位も認識していなかった。
「……ガッハッハ! 責任を取るなんて、男らしいぞ、ヘンドリック! エルフの乙女は一途だからな、仲良くしてやってくれ!」
遠くから獣王(魔王)が豪快な笑い声を上げ、さらに誤解を広めていく。
『……なんで俺の周りは、感動的な再会から三分と持たずにカオスなラブコメになるのかな。俺の望むスローライフは、本当にどこにも存在しない気がするんだけどね』
俺は、結婚を迫るセリアと、それを笑って眺める周囲の面々に囲まれながら、胃薬の瓶を取り出すのだった。
◇ ◇ ◇
夜。
リビングでの騒動がようやく落ち着いた頃、屋敷の軒先では、恐ろしい光景が繰り広げられていた。
「……お仕置きが必要ですね」
イリスが、冷酷な笑みを浮かべて軒下に吊るされたものを指差した。
そこには、昼間セリアのスカートをめくった土の精霊(男)が、闇の精霊(イリスの配下)によって捕獲され、土の精霊(女・キメラ)の協力によって(裏切られて)連れ戻され、丈夫な魔力の紐で逆さに吊るされていた。
「……ベルナデッタさんにスカートめくりをした時、私が永久凍土に沈めるようにエリーゼ様に進言したはずですが、まだ懲りていないようですね」
「……」
土の精霊(男)は、イリスの冷酷な言葉に震えているが、逆さに吊るされているため何も言えない。
「……では、回転させます」
イリスが指を鳴らすと、吊るされた土の精霊(男)が、凄まじい速度で回転を始めた。
高速回転する精霊からは、土埃が撒き散らされ、まるでシュールなメリーゴーランドのようになっていた。
「……イリス様、そろそろ許してあげたら……」
闇の商人が、その光景を少し不憫そうに見つめている。
「いいえ。……少なくとも、来月の舞踏会が終わるまでは、このまま回転させ続けます」
イリスの冷酷な宣言に、商人はそれ以上何も言うことができなかった。
土の精霊(男)は、自分が犯した罪の重さと、闇の精霊の恐ろしさを、高速回転する軒先で、身をもって思い知るのだった。




