第210話:急報と、王都への全力疾走
王都へと続く街道を、一台の魔導車が土煙を上げて猛スピードで疾走していた。
普段なら数日はかかる道のりを、俺は自身の規格外の魔力をごり押しで魔導機関に流し込み、物理法則を無視するような速度で駆け抜けている。
助手席では、副リーダーのエリーゼが腕を組みながら、前方を見据えていた。後部座席からは、相変わらず賑やかなヒロインたちの声が聞こえてくる。
「アタシがボスの魔力を補給するんだゾ! サンネは引っ込んでるんだゾ」
「何を言うか。前衛として戦ってきたミラ殿こそ休んでいるべきだ。ここは騎士である私が、閣下を心身共に癒やすのが筋というもの」
「うるさいんだゾ! サンネの鎧は固くてボスが痛がるんだゾ」
「今は私服だ。それに、私の包容力を侮ってもらっては困る」
ミラとサンネが、俺の隣を巡って言い合いを続けている。
『……車内が狭いから、余計に声が響くんだよね。魔力補給という名目で俺に密着したいだけなのは分かっているんだけど。元気なのはいいことかな』
その時、俺の肩のあたりで空間が僅かに歪み、見慣れた小さなメイド姿の人形――闇の精霊がすっと姿を現した。
「……旦那様。王都から緊急の連絡です」
そのひどく冷たく、張り詰めた声色に、車内の空気が一瞬で凍りついた。後部座席で言い合っていたミラとサンネもピタリと口を閉ざし、エリーゼが鋭い視線を闇の精霊へと向ける。
「……何があったのかい」
「……屋敷と城が同時に襲撃を受けています。そして——」
闇の精霊が、珍しく一瞬の間を置いた。
「……世界樹の周辺にも、敵が集結し始めています」
車内に重い沈黙が落ちた。窓の外を流れる風の音だけが、異常に大きく聞こえる。
『……全部つながっていたんだってことか。俺たちをヘラフテンに向かわせたこと自体が、向こうの計算の内だったのかもしれないね。俺がいない間に、三箇所同時に仕掛けてきた』
俺は無言のまま、ハンドルを握る手に力を込め、魔導機関へ流し込む魔力の量をさらに一段階引き上げた。
魔導車の車体が悲鳴のような駆動音を上げ、風景が線のように流れるほどの速度へと跳ね上がる。
「旦那様、魔力が——」
エリーゼが危険を察知して言いかけたが、俺の横顔を見て、すっと言葉を飲み込んだ。
俺は何も言わず、ただ前だけを見て腕の力を強めた。
「ボス、任せるんだゾ」
ミラが後部座席から身を乗り出し、真っ直ぐな瞳で前を向いた。
「急ぎましょう、閣下」
サンネが腰の剣の柄に手を添え、騎士としての殺気を静かに立ち上らせる。
「面白くなってきたじゃねえか」
魔王が、不敵な笑みを浮かべて拳を鳴らした。
「全員ぶっ飛ばしてやる」
ブラムが痛む体を押して身を乗り出し、その隣でロッテが「わたしも頑張ります」と静かに頷いた。
『……今度は一人じゃない』
頼もしいクランのメンバーたちの熱気を受けながら、俺は王都へ向けて魔導車をさらに加速させた。
◇ ◇ ◇
同じ頃、王都にあるヘンドリックの侯爵邸。
敵の一団が、屋敷の玄関へと押し寄せていた。
屋敷のメイド長であるベルナデッタが、一切の感情を排した無表情で玄関に立っている。
その横には、大量の書類を抱えた執事のアルフォンスが、几帳面な動作で眼鏡を押し上げている。
さらにその後ろでは、研究者のシリルが魔導計測器を見つめながら「……データが」と、目の前の敵を完全に無視して呟いていた。
「……来ましたね」
ベルナデッタが淡々とした声で言う。
「想定の範囲内です」
アルフォンスが答えた。
「突入しろ!」
敵が叫び、一斉に屋敷へと殺到してくる。
その瞬間だった。
屋敷の奥の長い廊下から、ドタドタドタドタという、重い足音が猛烈な勢いで響いてきたのだ。
『おお! なんじゃ! 騒がしいんじゃぞい! 我輩の昼寝を邪魔するんじゃぞい!』
怒りの声を上げながら玄関ホールに姿を現したのは、無骨な土気色のダミー人形の姿をした土の精霊(王都で召喚された、ぞいの子)だった。
突如現れた精霊の姿に、襲撃してきた敵の集団が一瞬だけ動きを止める。
土の精霊もまた、玄関を埋め尽くす集団を見て、不思議そうに首を傾げた。
『……なんじゃ、お主たち。我輩の屋敷に何の用じゃ?』
「「「お前の屋敷じゃない」」」
ベルナデッタ、アルフォンス、シリルの三人が、一糸乱れぬ完璧なタイミングで冷徹なツッコミを入れた。
だが、のんき全開の土の精霊はそんな言葉など全く気にする様子もなく、土気色の短い腕を大きく振り上げた。
『よし! 我輩が守ってやるんじゃぞい!』
土の精霊が床を強く叩きつけた瞬間、屋敷の玄関ホールを中心にして、大量の土魔法が炸裂した。
地鳴りと共に無数の石柱が下から突き上げ、敵たちをまとめて吹き飛ばしていく。
同時に、屋敷の壁が粉々に砕け散り、天井の一部が崩落して土煙が舞い上がった。
ベルナデッタが、無表情のまま、崩れ落ちた壁と吹き飛んだ玄関の残骸を静かに見つめる。
「……閣下が帰ってきたら、修繕費の請求書を出します」
アルフォンスが、眼鏡を冷静に押し上げる。
「……すでに見積もりを作成中です」
◇ ◇ ◇
敵を撃退した後。
半壊した屋敷の玄関ホールで、ベルナデッタがどこからか持ち出してきたモップを手に、土の精霊へと近づいていった。
土の精霊もさすがに空気を読んだのか、短い両腕を縮こまらせ、珍しくオロオロと後ずさりを始めた。
『……な、なんじゃ? 我輩は頑張ったんじゃぞい?』
「廊下に瓦礫が落ちています」
『…………』
「壁に穴が開いています」
『…………』
「天井が崩れています」
『…………』
ベルナデッタが無言で一歩近づく。
土の精霊が、ズリッと足音を立てて一歩後退する。
『……あっ! あっち側がよんどる! 世界樹がよんどるんじゃぞい!』
全く説得力のない言い訳を叫ぶと、土の精霊は振り返り、全速力で屋敷の外へと逃走を図った。
ベルナデッタが、無表情のままその後を追いかけていく。
アルフォンスは、その追いかけっこを静かに見送った。
「……世界樹の方角に逃げましたね」
「……想定外です」
シリルが呆れたように眼鏡を押し上げた。




