第209話:立つ軍師と、王都への帰還
街の復興作業で活気づくヘラフテンの通りを抜け、俺とブラムは冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
ギルドの一角を借り切った対策本部では、副リーダーとして指揮を執っていたエリーゼを中心に、サンネやロッテ、そして元弟子たちが集まって事後処理の話し合いをしているところだった。
「……というわけで、残った抜け殻の処理はギルドの方で引き取って——」
指示を出していたエリーゼが、ふとこちらに視線を向け、その言葉をピタリと止めた。
「……旦那様」
エリーゼの翡翠色の瞳が、驚きと安堵で大きく見開かれる。
その声に反応して振り返った全員が、自分の足でしっかりと立っている俺の姿を見て、一瞬の静寂の後に歓声を上げた。
「ボス! 立ってるんだゾ! 歩いてるんだゾ!」
真っ先に飛び込んできたのは、弾丸のように駆け寄ってきたミラだった。彼女は俺の腰に勢いよく抱きつき、顔をぐりぐりと押し付けてくる。
「……ただいま、ミラ。心配かけたね」
俺が彼女の頭を優しく撫でると、ミラは涙ぐみながら尻尾をちぎれんばかりに振った。
「閣下、お怪我はもう本当によろしいのですか」
サンネが、騎士としての威儀を保とうとしながらも、その声は微かに震えていた。
「……うん。すっかり元通りだよ。サンネも、地下の制圧お疲れ様」
「もったいないお言葉です。すべては、閣下の安寧のためですから」
俺が微笑みかけると、サンネは胸を撫で下ろして深く一礼した。
ブラムの元にはロッテが駆け寄り、「無理しちゃダメだよ」と甲斐甲斐しく世話を焼き始めている。
俺はミラの頭を撫でたまま、エリーゼの前に進み出た。
「……エリーゼ、完璧な指揮だったよ。俺が動けない間、本当に助かった」
俺が素直に労いの言葉をかけると、エリーゼは三百九十年の威厳あるハイエルフの顔から、年相応の恋する乙女のような表情へと変わり、頬を赤らめた。
「旦那様、ご無事で何よりですわ。……これでわたくしも、ようやく肩の荷が下りるというものです」
エリーゼが安堵の笑みを浮かべたのを見届けてから、俺は表情を引き締めた。
「……それで、地下の仮面の怪人たちの様子はどうかな」
俺の問いに、エリーゼも即座に副リーダーの顔へと戻る。
「完全に機能を停止していますわ。まるで、操り糸が切れた操り人形のように。魔王がいくら蹴り飛ばしても、反応一つありませんでしたの」
「……やっぱり、そうなんだね。魂や魔力を抜き取られた、ただの抜け殻になっているのかな」
俺が考え込んでいると、ギルドの入り口から豪快な足音が響いてきた。
「よう、おっさん。ようやく起きたのか」
魔王が、相変わらずの不遜な態度で腕を組みながら歩いてくる。だが、その瞳の奥には明らかな安堵の色が浮かんでいた。
「……アタシの出番も終わりか。張り合いのない連中だったぜ」
魔王の後ろから、ぷるぷると小刻みに震えながら、見慣れた小さなメイド姿の人形がついてきていた。
全員の視線が集まる中、ミニベルナデッタが俺の前に進み出て、片目だけをすっと伏せた。
「……旦那様。大変申し訳ないのですが」
闇の精霊の落ち着いた声。
「出るんじゃ! わらわはまだ居たいんじゃ! 主のそばにいたいんじゃ!」
土の精霊の声が盛大に被さる。人形がぷるぷると前後に引っ張り合いを始めた。
「……何とかしていただけますか」
闇の精霊が、静かに、しかし普段の彼女からは想像もつかないほど切実な声で懇願した。
俺は苦笑しながら頭を掻いた。
『……土の精霊って、なんでこう言うことを聞かないんだろうね』
「……もう一体、別の依代を作るしかないかな。闇の精霊を見習ってほしいんだけどね、まったく」
「やじゃ! このままがいいんじゃ!」
ミニベルナデッタが再びぷるぷると揺れた。
エリーゼが静かに目を細める。
「……旦那様が動けない間に、随分と賑やかなことになっていたのですね」
「……説明すると長いんだけどね」
魔王が腕を組んで「……アタシも見た時は何かと思ったぞ」と呟いた。
「……魔王も、単独突破ありがとうね。君がいなきゃ、もっと被害が広がっていたはずだよ」
俺が礼を言うと、魔王は「ふん」とそっぽを向いて耳の先を赤くした。
『……相変わらず素直じゃないんだけどね。でも、全員が無事で本当に良かったよ』
俺は集まったクランのメンバーたちを見渡し、静かに告げた。
「……敵の動きがここで止まったのは、彼らの目的が別のフェーズに移ったからだと思うよ」
全員の表情が引き締まる。
「……王都から連絡があったんだよね。ルミナリア王女が、妹とアイシャとルークを城に保護してくれたらしいよ。三人とも無事だって」
『……守るべき人たちが一か所にまとまってくれたのは、正直助かったんだけどね。ばらばらに動かれると、護衛の手が回らないからね』
「妹御やアイシャ殿たちを城へ……ルミナリア殿下の判断は正しいですね。守るべき者が分散していては、護衛の手が足りなくなります」
サンネが鋭く続ける。
「それで、王都では何が起きているのです」
「……敵の本当の狙いが、王都にシフトしたのかもしれないね。ここでの動きが止まったのも、王都での準備が整ったからかもしれないよ」
俺の言葉に、ブラムが口を開いた。
「だったら、とっとと王都に戻って、その黒幕とやらをぶっ飛ばすだけだろ。おっさんの妹さんに手を出そうなんて、いい度胸してやがる」
「……そうだね。俺たちの身内に手を出そうとした落とし前は、きっちりつけてもらわないとね」
俺が静かな怒りを込めて言うと、黎明の森のメンバーたちが一斉に頷いた。
癒やしと休息の時間は終わった。
「……黎明の森、これより王都へ帰還するよ」
俺の号令と共に、水の都ヘラフテンを舞台にした激闘は完全に幕を下ろし、次なる決戦の地、王都への帰路が始まったのだった。
◇ ◇ ◇
王都へ向かう魔導車の中。
俺がハンドルを握り、魔力をごり押しで流し込むと、魔導車が一気に加速した。
「……旦那様、また魔力をごり押しで」
隣に座ったエリーゼが、呆れた顔で言う。
「早く王都に戻りたいからね」
「お体はよろしいのですか。魔力はまだ全快ではないはずですわ」
「……このくらいは大丈夫かな」
エリーゼが静かに俺の腕に手を添えた。
「……では、わたくしが魔力を補給してさしあげますわ」
『……それ、運転中にやるやつじゃないんだけどね』
「アタシも補給する!」
後部座席からミラが前のめりになった。
「順番というものがある、ミラ」
サンネが静かに押さえる。
「ボスの魔力はアタシが一番補給するんだゾ!」
「……そういう問題ではありませんわ」
三人が言い合っている間にも、魔導車は王都へ向けて疾走し続けた。
ヘンドリックは前を向いたまま、静かに息を吐いた。
『……動けなくなりそうだよね、違う意味で』




