第21話:プロの買い出しと、エルフの自然な歩み
フェルウェ大迷宮への再突入を控え、ヘンドリックは街へと繰り出していた。
隣には、いつものようにエリーゼが静かに寄り添っている。
「悪いね、エリーゼ。君の【魔力視】があれば、魔道具の素材の質を間違えずに済むから助かるんだ。何せ鑑定だけではわからないことがあるからさ。ほら、魔道具で効果をアップさせているとはいえ、鑑定のレベルも1だし」
「気にしないで。……こうしてあなたと歩くのは、その、……悪くないわ」
まず二人が向かったのは、街の外れにある地味な店構えの保存食専門店だった。
そこの主人はかつて宮廷料理人を務め、【料理Lv10】を極めて引退したという伝説の料理人だ。
「よお、大将。いつもの【特製乾肉】と【高圧縮パン】を二十人前頼むよ。それから、深層の寒さでも凍らない【魔力スープの素】もね」
「へっ、相変わらずヘンドリックは注文が細かいな。だが、俺の料理の価値を正しく理解しているのはあんたぐらいだ。最高の品を揃えてやるよ」
ヘンドリックはただ食料を買うのではない。極限状態での生存率を数%引き上げるための「プロの道具」として、最高峰の保存食を選んでいるのだ。
次に向かったのは、鉄を叩く激しい音が響くドワーフの鍛冶場だった。
「……バルガス。みんなの装備のメンテナンスを頼みたいんだ。特にサンネの盾とエリーゼの弓の調整をね」
奥から現れたのは、煤で汚れた頑固そうなドワーフの老人だった。彼は【鍛冶Lv10】を持つ伝説の職人だが、気に入らない客の依頼は絶対に受けないことで知られている。
「おいおい、ヘンドリック。俺の槌を動かしたければ、それなりの対価が必要だってのは分かってるだろうな?」
「分かっているさ。……これでどうだい?」
ヘンドリックが【空間拡張Lv1】の鞄から取り出したのは、先日採取したばかりの【オリハルコン】と【ミスリル】の原石だった。
それを見た瞬間、老ドワーフの目が獣のように鋭く光る。
「……ほう。この純度、いいだろう。特別に俺が直々に叩いてやる」
バルガスは原石をひったくるように受け取ると、ニヤリと笑って催促するように手を差し出した。
「だが、これだけじゃ足りねえな。……いつもの『あいつ』は持ってきてるんだろうな?」
「ああ、もちろんだよ」
ヘンドリックが差し出したのは、エルフの里から仕入れた極上の【魔樹の銘酒】だった。老ドワーフはそれを宝物のように抱えると、上機嫌で工房の奥へと消えていった。
用事を済ませ、夕暮れの街を歩いている時のことだ。
いつの間にか、エリーゼが自然な動作でヘンドリックの腕に自分の腕を絡めてきていた。
あまりにも自然すぎて、あの高潔なエルフであるエリーゼと腕を組んで歩いているという事実に、ヘンドリックの理解が追いつかない。
「あ、あの……エリーゼ?」
思わず声をかけると、エリーゼは正面を見据えたまま、事も無げに答えた。
「気にしなくてよいのよ。……ただ、少し人混みで離れそうになっただけだから」
だが、ヘンドリックは気づいていた。
最近、彼女の顔をじっと見ていると、ほんのわずかな瞳の揺れや、口元の緩み……そんな微かな表情の変化が、なんとなく分かるようになってきたのだ。
今のエリーゼは、明らかに上機嫌だった。
『……なんだか、前よりもずっと可愛らしく見えるな』
そんなことを考えていた、その時。
エリーゼの長い耳がピクンと跳ねた。彼女の鋭い知覚が、後方から迫るサンネやミラの気配を察知したのだ。
「――っ」
次の瞬間、エリーゼは何食わぬ顔でスッと腕を解き、一歩距離を置いた。その動作があまりにも早すぎて、ヘンドリックは一瞬、自分が幻でも見ていたのかと思ったほどだ。
「エリーゼ?」
「……何でもないわ。ほら、もうすぐ拠点よ。急ぎましょう」
ツンとすまして歩き出す彼女の後ろ姿を見送りながら、ヘンドリックは深い、深いため息をついた。
『……全く、俺みたいな地味なおっさんの何が良いんだか。本当に、みんなの考えだけはレベル1の俺には読み切れないよ』
便利屋おっさんの困惑をよそに、夕暮れの街にはサンネとミラの騒がしい声が響き始めていた。




