第207話:二つの精霊の出陣と、王城に集う護衛対象
病室のベッドの上で、ミニベルナデッタの人形がぷるぷると不規則に震え続けていた。
中に入っている闇の精霊と土の精霊が、見えない主導権争いをしているのだ。
俺は天井を見つめたまま、ため息交じりに口を開いた。
「……闇の精霊。地下にはまだサンネたちや魔王がいる。君が土の精霊を見張りつつ、彼女たちの支援に向かってもらえないかな」
俺が頼むと、人形の口から二つの声が同時に飛び出した。
「やじゃ! わらわは主のそばから離れないんじゃ!」
「……承知しました」
土の精霊が全力で拒否しているが、闇の精霊が静かにそれを封じ込めているのがわかる。
人形は短い手足をバタバタと振り回しながら、ズルズルとベッドの影へと引きずり込まれていく。
「主から離れたくないいいいいやじゃあああああ! 離せ、離すんじゃあああ!」
人形の口から土の精霊の叫び声が響くが、闇の精霊は全く動じていない。
完全に影に沈む直前、人形がぴたりと止まり、闇の精霊の落ち着いた声が響いた。
「……後で、別の体をお願いできますか」
「……ああ、分かった。すまないな」
俺が苦笑しながら答えると、人形は完全に影の中へと消えていった。
『……これで地下の戦力は十分だな。同じ体に入っているなら、暴走の心配もないだろう』
少しだけ静かになった病室で、俺は再び目を閉じた。
◇ ◇ ◇
同じ頃、遠く離れた王都。
堅牢な城壁に守られた王城の一室に、緊張した面持ちのルークとアイシャの姿があった。
俺の昔なじみであるアイシャとその恋人ルークは、王城からの突然の呼び出しを受け、先に保護されていた俺の妹とともに急遽この場所へ迎え入れられていたのだ。
豪華な応接室のソファに座る二人の前に、王女ルミナリアと、本物のメイド長であるベルナデッタが静かに腰を下ろした。
「急な呼び出しで驚かせたな。すまぬ」
「い、いえ! 王女殿下に拝謁できて光栄です!」
ルークが慌てて立ち上がって頭を下げる。アイシャもそれに倣って深くお辞儀をした。
ルミナリアは鷹揚に頷き、静かに告げた。
「楽にするがよい。そなたらをここへ呼んだのは、他でもないヘンドリックの要請があってのことじゃ」
ルミナリアの言葉に、アイシャがハッと顔を上げた。
「ヘンドリックから、ですか」
「うむ。現在、各都市で仮面の集団による不穏な動きが確認されておる。ヘラフテンで戦うあ奴にとって、王都におる『大切な者たち』が最大の弱点になり得るのじゃ」
ルミナリアは、真剣な眼差しで二人を見つめる。
「守るべき対象が街に散らばっていては、護衛の手が回りきらぬ。ゆえに、そなたらにはこの城で、わらわや他の王族と共に保護下に入ってもらう。ここならば、王国の近衛騎士団が総力を挙げて守り抜くことができるゆえな」
「ヘンドリックは……無事なんですか」
アイシャが不安そうに両手を握りしめる。
ルミナリアは少しだけ表情を和らげ、王女としての絶対的な自信と、確かな優しさを込めて頷いた。
「あ奴は無茶をしておるが、信頼できる仲間たちがついておる。わらわたちは、あ奴が後顧の憂いなく戦えるよう、ここで身の安全を確保することが一番の支援になるのじゃ」
その力強い言葉に、ルークも決意を込めて頷いた。
「わかりました。アイシャのことは、俺も全力で守ります」
「頼もしい男じゃな。ベルナデッタ、二人の部屋の準備を」
「かしこまりました、ルミナリア様」
ベルナデッタが恭しく一礼する。
王都でも、見えない敵への備えが着々と進められていた。




