第206話:愛する男のための出陣と、水の剣士の共闘
水の都ヘラフテンの地下へと続く薄暗い階段を、二人の女性が並んで歩いていた。
一人は、黎明の森の誇る生真面目な騎士、サンネ。そしてもう一人は、ブラムの恋人であり優秀な冒険者でもあるロッテだ。
少し時間を遡る。
サンネが地下の北側ルートの捜索へ向かおうとしていた時のことだ。別室で療養しているブラムの様子を見るため、彼女は一度その病室を訪れていた。
ベッドの上で身動きの取れないブラムは、痛みを堪えながらも、付きっきりで看病をしてくれていた恋人のロッテにこう告げたのだ。
「俺はいいから、サンネさんと一緒に行ってやってくれ」
その言葉に、ロッテは少しだけ瞳を揺らしたが、すぐに決意に満ちた微笑みを浮かべた。
「わかったよブラム君、私頑張ってくるね」
ロッテはそう答えると、抵抗できないブラムの頬にそっとキスを落とした。愛する男の背中を押す言葉に応える、彼女なりの愛情表現だった。
病室を出て、薄暗い通路を歩き始めたところで、サンネは気遣うように口を開いた。
「いいのか? ブラム殿のそばにいなくて」
サンネの問いかけに対し、ロッテは前を向いたまま、ふふっと小さく笑って答えた。
「ええ、サンネさんも同じでしょ? 早く終わらせて、愛する人の元へ帰りたい気持ちは」
「……ああ。その通りだ」
二人は顔を見合わせ、小さく頷き合った。寝たきりで身動きの取れない愛する男を待たせているという点で、今の彼女たちの想いは完全に一致していたのだ。
地下の北側ルート。ここは、魔王が先行して大暴れしている南側とは反対の方向にあたる。
「南側は魔王殿がいるから問題ないだろう。私たちはこの北側ルートの残党を掃討し、行方不明者を捜索する」
「はい。任せてください」
通路の奥から、無機質な白い仮面をつけた怪人たちが群れを成して襲いかかってきた。
サンネが愛用の剣を抜き放ち、鋭い踏み込みで先頭の怪人を一刀両断する。
「ロッテ殿、援護を!」
「いきます! ウォーターバレット!」
ロッテが杖ではなく、自らの剣を構えながら水魔法を放つ。彼女は回復魔法こそ使えないが、高レベルの水魔法と浄化魔法、さらには剣術や回避術にも長けた、極めて優秀な前衛兼サポーターなのだ。
放たれた高圧の水弾が、後続の怪人たちを壁へと吹き飛ばす。
さらにロッテは軽快な回避術で敵の攻撃をヒラリと躱し、流れるような剣さばきで怪人の急所を的確に突いていく。
「見事な剣筋だ、ロッテ殿」
「サンネさんこそ! あ、足元に罠の気配がするので、右側を通ってください」
罠技術にも精通しているロッテの的確なアドバイスを受け、サンネは危なげなく地下通路を進んでいく。
二人の連携は、即席のコンビとは思えないほど見事なものだった。もしこの仮面が呪いのような類のものであれば、ロッテの浄化魔法が決定打になるだろうとサンネは確信していた。
背中を預け合い、次々と仮面の怪人たちを無力化していく彼女たちの原動力は、ただ一つ。
一刻も早くこの事態を収束させ、愛する人の元へ帰る。
その深くて重い想いが、二人の刃をより鋭く、より速くしていた。
彼女たちの進む道には、ただ制圧された怪人たちの山だけが築かれていくのだった。
◇ ◇ ◇
同じ頃、地上の病室。
「くしゅっ」
俺はベッドの上で、不意に小さなくしゃみを漏らした。
『……誰か俺の噂でもしているのかな。なんだか背筋がゾクッとしたんだけどね。気のせいだといいんだけど』
俺が天井を見上げて冷や汗を流していると、枕元に陣取ったミニベルナデッタ(精霊二名同居中)が、俺の顔を覗き込んできた。
「……旦那様、お風邪でしょうか」
「主、寒いんじゃ!? わらわが温めてやるんじゃ!」
一つの人形の口から二つの声が交互に飛び出してくる奇妙な状況に、俺はただ苦笑いを返すしかなかった。
「……いや、大丈夫だよ。それより、サンネたちが無事に帰ってくるといいんだけどね」
俺は窓の外の空を見つめ、地下で戦う頼もしいクランのメンバーたちの無事を、心から祈るのだった。




