第203話:出陣する魔王と、進退窮まる寝たきり軍師
エリーゼの指揮のもと、黎明の森のメンバーたちがそれぞれの任務へと動き出す中、前衛を任された魔王が病室のドアの前で立ち止まった。
彼女は振り返ると、ベッドで身動きの取れない俺に向かって、不敵な笑みを浮かべる。
「おっさんが指揮をとらないなら、アタシは好きに暴れさせてもらうぜ。仮面の連中だろうが何だろうが、まとめて消し炭にしてやるからな」
俺がいなくても大丈夫だと言わんばかりの、力強い宣言だった。普段なら「やりすぎないでね」と苦言を呈するところだが、今の彼女の頼もしさには素直に感謝するしかない。
「……頼もしいね。でも、相手は未知の組織だ。無茶はしないで、気をつけてね」
俺が苦笑いしながら素直な言葉をかけると、魔王の動きがピタリと止まった。
そして、みるみるうちに彼女の顔が、耳の先から首筋に至るまで真っ赤に染まっていく。
「なっ……! べ、別にアタシはおっさんに心配されるようなタマじゃねえし! 勘違いすんなよ、このバカ!」
魔王は真っ赤な顔で怒鳴り散らすと、バタンッ、とものすごい勢いでドアを閉め、逃げるように廊下を駆けていった。
『……ついにあの魔王までツンデレみたいな反応をし始めたんだけどね。乙女じゃねえって自分で言っていたのに、完全に乙女の反応だったよ。……まあ、元気そうで何よりだけど』
俺が内心で盛大にツッコミを入れつつ安堵の息を吐いた、その直後だった。
開け放たれたままのドアから、見覚えのある複数の影が、わらわらと病室になだれ込んできたのだ。
「お師匠様ーっ! 生きてますかーっ!」
元気な声を上げて飛び込んできたのは、ヘラフテンを拠点に活動しているトップランカーの冒険者たちだった。彼らはかつて俺が基礎を叩き込んだ、いわゆる「元弟子」たちである。
俺を尊敬し、俺の教えを忠実に守ってトップランカーにまで上り詰めた彼らが、事態を聞きつけて駆けつけてくれたらしい。
「みんな、無事だったみたいだね。エリーゼさんが指揮をとるはずだけど、君たちも協力してくれるのかな」
「もちろんです! エリーゼ姐さんの指示なら、俺たちも全力で動きますよ!」
大剣を背負ったリーダー格の男が、力強く胸を叩く。彼らが加わってくれれば、街の捜索も一気に進むはずだ。
だが、頼もしい後輩たちの訪問に安堵したのも束の間、パーティーの紅一点である女性魔術師が、俺のベッドの周囲をジロジロと眺め始めた。
そして、俺の両脇に残るエリーゼとサンネの残り香や、彼女たちが甲斐甲斐しく俺を看病(という名の拘束)していた痕跡を鋭く察知し、ニヤニヤと笑い始めたのだ。
「いやー、お師匠様。ついに年貢の納め時ですねえ」
「……年貢の納め時って、何のことかな」
嫌な予感がして誤魔化そうとする俺に、女性メンバーは容赦なく追撃を仕掛けてきた。
「とぼけないでくださいよ! あの超絶美人なヒロインたちに、完全に包囲されて捕獲されてるじゃないですか。ずっと独り身だったお師匠様が、まさかこんなハーレムを築いていたなんて」
「いや、これは怪我で動けないから、看病してもらっているだけで……」
「おめでとうございます、お師匠様! 結婚式には私たちも絶対に呼んでくださいね!」
「お師匠様、おめでとうございます!」
俺の弁解など全く聞く耳を持たず、元弟子たちは口々に祝福の言葉を浴びせてくる。
『……ちょっと待って。手塩にかけて育てた弟子たちにまで、完全に誤解されているんだけど。しかも、もう逃げられないと認定されている。完全に進退窮まっているよ!』
ただでさえ指一本動かせない寝たきり状態だというのに、外堀まで完全に埋められてしまった俺は、天井を見上げて深い絶望の溜め息をつくしかなかった。
「あ、そうだお師匠様。もう一つ報告があったんです」
ひとしきり俺をからかって満足したのか、女性魔術師が思い出したように表情を引き締めた。
「実は、街の地下深くで、謎の『土の精霊』が大暴れしてるらしくて……。女性の姿をした精霊なんですけど、『アタシの召喚主の街で悪さするやつは、二万年早いんだよ!』とか叫びながら、仮面の怪人たちを物理的に粉砕して回ってるらしいんです」
「それのせいで、地下の捜索部隊が近づけなくて困ってるんですよ」
リーダーの男が苦笑交じりに付け加える。
『……あの土の精霊、まだ暴走してたんだね。自爆に巻き込まれて大怪我をして、ずっと身動きが取れなかったから、召喚した後の状況を全く把握できていなかったよ。敵を倒してくれているのはありがたいけど、このままだと地下のインフラまで粉砕されかねない……どうしたものか』
「……分かった。その件も、エリーゼさんに伝えておいて。彼女なら、上手く対処してくれるはずだから」
俺は、暴走する土の精霊の対処を含め、すべてを副リーダーであるエリーゼに丸投げすることにした。今の俺には、どうすることもできないのだから。
元弟子たちは「了解です!」と元気に敬礼すると、嵐のように病室を去っていった。
再び静けさを取り戻した病室で、俺はこれからのヘラフテンの運命と、俺自身の貞操の危機について、深く思いを馳せるのだった。




