第194話:地底の爆発と、暴走する土の精霊
ズボォォッ、という悍ましい音と共に、俺の体は腰の深さまで泥に飲み込まれていた。
右脚を万力のような力で掴む敵の体は、限界まで空気を入れた風船のように赤黒く膨張し、皮膚の表面には亀裂すら走り始めている。その亀裂の奥から漏れ出すのは、制御を失い、自壊を待つばかりとなった致死量の魔力の光だった。
『くそっ、この至近距離で自爆されたら、いくら俺でもただじゃ済まないよ。完全に巻き込まれる。なら、足場ごと無くしてやるしかないか』
極限の焦燥感の中で、俺の脳はかつてない速度で解決策を弾き出していた。
新たな精霊の召喚で魔力の半分をごっそり持っていかれ、今の俺には強固な防御結界を展開するほどの余力は残っていない。ならば、土木建築スキルの応用で物理的な距離を稼ぐしかない。
俺は薄れゆく意識を叱咤し、残された魔力の最後の一滴までを振り絞って、俺と敵を包み込む地中の「土」そのものに干渉した。
「錬成――『超圧縮空洞』」
(注:ここでヘンドリックは『土木建築スキル』と『土魔法』の極めて高度な複合術式を発動していますが、専門的すぎて解説すると日が暮れてしまうため、詳細な説明は省きます)
ゴッ、と地脈が軋むような重い音が響いた。
次の瞬間、俺たちの周囲を取り囲んでいた大量の土が一瞬にして外側へと弾き飛ばされ、超高密度に圧縮された。結果として、地中深くにぽっかりと、巨大なドーム状の閉鎖空間が生み出される。
当然、俺たちを支えていた土という概念そのものが消失したのだ。
絶対的な重力に従い、俺と敵の体は巨大な空洞の底へ向かって、暗闇の宙を真っ逆さまに落下し始めた。
「みち……づれ……?」
足場を失い、泥の沼から虚空へと放り出されたことで、自爆の意志に支配されていた敵の虚ろな目に、明らかな動揺と混乱が走った。
その瞬間、俺の右脚に食い込んでいた冷たい指の力が、ほんの僅かに、だが確かに緩んだ。
『今だ!』
俺は空中で体を捻り、敵の腕を容赦なく蹴り飛ばした。拘束から抜け出すと同時に、落下しながら空洞の壁面に向かって必死に手を伸ばす。少しでも爆心地から離れ、壁を背にして衝撃を殺すためだ。
だが、絶望的なまでに時間が、そして距離が足りていなかった。
ドゴーーーーン!!!!!
空洞の中心で、ついに限界を迎えた敵の肉体が大爆発を起こした。
暗闇を白昼のように染め上げる閃光。そして、鼓膜を破るような轟音。
超圧縮された強固な土の壁に囲まれたこの地下空間は、皮肉なことに、爆発の威力を外に逃がすことを許さなかった。逃げ場を失った衝撃波と灼熱の業火が、ドーム内を乱反射しながら俺の全身に襲い掛かる。
『ぐああぁぁぁっ……!?』
想像を絶する熱と衝撃に、俺の体は木の葉のように軽々と吹き飛ばされた。
空洞の壁に激突した瞬間、全身の骨が悲鳴を上げ、内臓が激しく揺さぶられる感覚に襲われる。口から大量の血が吐き出されたが、それすらも爆風で蒸発していくようだった。
「旦那様ぁっ!」
「おっさぁぁん!」
遠く、遥か上方の地上から、俺の開けた穴を通じてエリーゼや魔王たちの悲痛な叫び声が聞こえた気がした。だが、限界を超えた肉体の激痛と、完全に底を突いた魔力枯渇により、俺の意識は深い泥の底へと沈むように、唐突に途切れてしまった。
◇ ◇ ◇
……その後、奇跡的に目を覚ました俺が、涙目になった仲間たちから聞いた話によると、俺が意識を失った直後の戦場は、もはやスローライフとは程遠い地獄絵図になっていたらしい。
俺の魔力を半分も持っていった、あの性格の荒い女性型の土の精霊が、俺の危機を察知して完全に暴走したのだ。
『ふん! なめやがって! アタシの召喚主を前に、地中で悪さしようなんて二万年早いんだよ!』
どこかの物語で聞いたことがあるような、コテコテの決め台詞を大声で叫びながら、彼女は俺の作り出した地下空洞を起点にして、周辺の地面の中を次々とド派手に爆破して回ったらしい。
実は、俺を道連れにしようとした奴の他にも、地中にはまだ数体の敵が身を潜めていたのだ。だが、怒り狂った精霊の容赦ない連続爆破により、それらは地上に姿を現すことすら許されず、完全に粉砕され土の塵となったという。
一方で、至近距離で自爆の直撃を受けた俺の体は、悲惨の一言に尽きた。
全身に重度の火傷を負い、骨は砕け、ピクリとも動かない。ヒロインたちが慌てて持てる限りの低レベルの回復魔法をかけ続けたが、俺の負った規格外のダメージには、焼け石に水でしかなかった。
「旦那様……お願い、死なないで……っ」
「おっさん、目を開けろなんだゾ……アタシたちを置いていくななんだゾ……っ!」
顔を泥と涙でぐしゃぐしゃに濡らしたヒロインたちは、絶望の淵に立たされていた。
エリーゼは声を枯らして泣き叫び、サンネは震える手で俺の脈を探り、ミラは俺の体にすがりついて子供のように号泣した。魔王でさえも、蒼白な顔で唇を噛み締め、必死に回復魔法の光を送り続けていた。
彼女たちは、意識不明の俺と、同じく血だらけで気絶しているブラムを交代で抱え上げ、なりふり構わずヘラフテンの街の中へと駆け込んでいったそうだ。
かつての拠点であり、愛着のある水の都。
だが、久しぶりの俺たちの帰還は、誰の歓迎を受ける余裕もない、あまりにも満身創痍で、死の淵を彷徨う凄惨なものとなってしまったのだった。




