第19話:氷の微笑の裏側と、完璧なる誤算
フェルウェ大迷宮の夜。ヘンドリックが【土木建築Lv1】で作った強固な拠点の一室で、エリーゼは一人、薄い毛布に包まって考えに耽っていた。
本来、エリーゼは男という生き物が嫌いだった。
エルフの美貌に鼻の下を伸ばし、顔だけを見て近づいてくる浅ましい輩。そして彼女の薄い胸部装甲に視線を移した途端、露骨に興味を失う失礼な輩。どちらも彼女にとっては「知性の欠片もない魔物」と大差なかった。
『……でも、あの人は違った』
ヘンドリックは出会った当初から、彼女を「美貌のエルフ」ではなく「プロの魔導師」として対等に扱った。
そして何より、エリーゼは知ってしまった。男たちを虜にするサンネの完璧な肉体も、ミラの暴力的な巨乳も、ヘンドリックにとっては「重いもの」でしかないということを。
逆に、自分のつつましい胸の感触にだけ、彼は微かに、だが確かに動揺したのだ。
『ふふ、やはりそうなのね。あの方は、こういう……控えめなのがお好みなのよ』
確信を得たエリーゼは、そこから密かな攻略を開始した。
ある時は、ヘンドリックが魔道具を作っている私室へ、うかつにもネグリジェ姿で「調べ物があるの」と押し入った。
薄い生地越しに体のラインが浮き出る、エルフとしての勝負服(?)。だが、ヘンドリックは驚くほど紳士だった。
「おっと、悪い。寝ぼけて服を間違えたのかな? 風邪を引くといけないから、すぐに戻って上着を羽織ってきなよ」
どこまでも優しく、一切の邪念を感じさせない慈愛の目。
『鉄壁すぎるわ……!』とエリーゼが内心で歯噛みしながら部屋を去ろうとした、その時だった。
床に置いてあった魔道具の端に足を取られ、エリーゼは派手につまずいた。
「わっ……!?」
「おっと、危ない!」
とっさにヘンドリックが彼女の体を抱きとめる。
だが、運悪く(あるいは幸運にも)、エリーゼは無防備なネグリジェ姿のまま、ヘンドリックの胸に思い切りダイブする形になってしまった。
至近距離で重なる体。エリーゼのつつましい胸が、ヘンドリックの胸板にピタリと密着する。
「あ……」
「……あ、あ、あああ、悪い! すまない、大丈夫かい!?」
あの常に冷静沈着なヘンドリックが、顔を真っ赤にして、まるで火傷でもしたかのようにうろたえ、慌てふためいている。
これにはエリーゼも顔を赤くし、心臓が爆発しそうなほど高鳴った。
『……やっぱり。この人は、これ(薄い胸)に弱いんだわ』
恥ずかしさの極致にありながらも、エリーゼは心の勝利を噛み締めていた。
エルフは、人間に教えを乞うことを良しとしない。数百年の知識を持つ自分たちが、短命な人間に教わることなど何もない……はずだった。
だが、ヘンドリックの教えは適切で、深く、そして温かい。
知識だけではない。彼は、プライドの高い彼女の心を、一歩ずつ、丁寧に溶かしていくのだ。
『これでもう、逃げられないわよ、ヘンドリック……。あなたに教わるのは、スキルの使い方だけではないのですから』
冷たい微笑を浮かべるクールビューティーは、今夜も心の中で、愛しのおっさんを完全に包囲するための戦略を練り直すのだった。




