第18話:獣人の誇りと、禁断の耳
ダンジョンの探索が一段落し、ヘンドリックが慣れた手つきで夕食の準備を始めると、その香りに誘われて真っ先にやってくるのは、いつも獣人のミラだった。
「ボスー! 今日のご飯は何なんだゾ!? すっごくいい匂いがするんだゾ!」
目を輝かせ、尻尾を千切れんばかりに振りながら、ミラはヘンドリックの真横を陣取った。彼女にとって、ヘンドリックの作る飯はもはや何物にも代えがたい【餌付け】の至宝。美味しいものを食べさせてくれるボスは、彼女にとって絶対的なリーダーであり、そして最高に好ましい異性でもあった。
『ボスのために、もっと強くなって、もっと美味しいものをたくさん食べるんだゾ!』
ミラは鼻をヒクヒクさせながら、ふと自分の胸元を見下ろした。
彼女の信条は極めてシンプルだ。獣人の女にとって、強さこそが正義。そして、その生命力の象徴とも言えるのが、この豊かな胸部装甲なのだ。
「あのな、ボス。私は決めたんだゾ。ボスのために、もっとこの胸部装甲を立派にするんだゾ!」
「……え?」
串焼きの肉をひっくり返していたヘンドリックが、素っ頓狂な声を上げた。
「胸部装甲って……。ミラちゃん、君はアタッカーだろう? あんまりそこを大きくしすぎると、動きが鈍くなってしまうんじゃないかな」
「分かってないんだゾ! 獣人の女にとって、ここは力の源なんだゾ! これが大きければ大きいほど、子供もたくさん育てられるし、冬も越せるし、何よりボスを温めてあげられるんだゾ!」
大真面目な顔で、むぎゅっと自分の胸を寄せて強調するミラ。
彼女にとってこれは、色仕掛けというよりも【自分のスペックの高さ】をアピールする、極めて純粋で一途な戦士の報告であった。
「そうか……。まあ、ミラちゃんが元気ならそれでいいんだけどね。ほら、そんなに力まないで。いつもよく頑張ってくれているのは分かっているから」
ヘンドリックは困ったように笑うと、空いた手でミラの頭をワシャワシャと撫でた。
ミラは「えへへ……」と喉を鳴らして目を細める。
だが、ヘンドリックの手がふと、ミラの頭から突き出した獣特有の三角形の耳に触れた。
彼は深い意味もなく、少し汚れていた耳の先を指先で優しく払ってやっただけだったのだが。
「あふんっ……!?」
次の瞬間、ミラの口から聞いたこともないような艶めかしい声が漏れた。
彼女の全身がビクッと跳ね上がり、その場で力が抜けたようにヘンドリックの膝元へ崩れ落ちる。
「……ミラちゃん? どうしたんだい、急に」
「あ、あ、ダメだゾ……。そこ、ボスの指、すっごく熱いんだゾ……。あふぅ……」
獣人にとって、耳は急所であり、信頼する者にしか触れさせない極めて敏感な部位。
そこを、無自覚な魔力を持つヘンドリックの指で優しく弄られたのだ。ミラは顔を真っ赤にし、耳をピクピクと震わせながら、潤んだ瞳でヘンドリックを見上げた。
『ボスの指……魔法みたいなんだゾ……。頭がふわふわして、なんだか変な気分だゾ……』
「おや、大丈夫かな? 風邪でも引いてしまったかい?」
「……ボス、もっと……もっと耳、触ってほしいんだゾ……」
膝をつき、上目遣いで甘えるミラ。
その圧倒的な胸部装甲がヘンドリックの脚に押し付けられているが、当の本人は「おや、耳の掃除をしてほしいのかな?」と、どこまでも事務的な解釈でミラの耳を優しくモミモミし始めた。
「あぅ、あぅぅ……! ボス、そこ、そこだゾ……!」
ミラは恍惚とした表情で、完全にヘンドリックに身を預けてしまう。
食欲と忠誠心、そして自覚のない恋心が入り混じったミラの一途な猛攻は、おっさんの【無自覚なテクニック】によって、別の方向へと加速していくのだった。
それを見ていたエリーゼとサンネが、「ミラだけずるい!」「私はあんなケモミミはないけれど、髪を触って!」と乱入してくるのは、もはや夕食前の恒例行事であった。




