第183話:闇の商人、やらかすが……まさかのおとがめなし?
「……ああ。商人、ちょっと彼らの『遺品』を鑑定してくれるかな。どこの誰が、こんな非道な兵器を作っているのか、少しでも手がかりが欲しい」
俺の言葉に、商人は青ざめた顔を引きつらせながらも、イリスに背中を押されるようにして、粉々になった仮面と魔石の残骸の前にしゃがみ込んだ。
「……ひどい有様です。仮面が砕けたことで呪縛は解けましたが、肉体はすでに限界を――」
商人が魔石の破片を拾い上げようと手を伸ばした、その時だった。
ガシッ!
「ひぃっ!?」
事切れたと思っていた仮面の男の一人が、突然、商人の腕を血に染まった手で強く掴んだ。
サンネとミラが即座に武器を構え直すが、男の目に敵意はなかった。
白濁していた瞳はわずかに正気を取り戻しており、焦点の合わない目で宙を見つめている。
「……あ、りが……とう……」
男は掠れた、しかし確かな安堵の混じった声でそう呟いた。
それは、死よりも恐ろしい暴走と苦痛から解放してくれたことへの、最期の感謝だった。
そして、男の腕からパタリと力が抜け、今度こそ完全に息を引き取った。
「ひ、ひいいいいいっ!!」
数秒の静寂の後、商人が涙目で絶叫した。
彼は腰を抜かしたままズリズリと後ずさりし、背後に立っていたイリスの足元へと転がり込む。
そして、あろうことかイリスの細い腰に両腕でガシィッと抱きつき、ガタガタと震え始めたのだ。
「イ、イリス様ぁぁ! 死、死体が動きましたぁぁ! やっぱり最前線は嫌です、お家に帰してくださぁぁい!」
「……落ち着きなさい、商人殿。彼はすでに完全に事切れています」
イリスは冷たい声でそう言い放つ。
普通なら、断末魔の男の言葉にシンミリとする場面だ。俺も胸が締め付けられる思いだったが、商人のあまりに情けない泣き叫びのせいで、シリアスな空気が一瞬で吹き飛んでしまった。
『……いや、そこは泣いてすがるにしても、俺かサンネのところじゃないか?』
俺が内心でツッコミを入れていると、さらに信じられない光景が目に入った。
腰に抱きつかれ、メイド服をくしゃくしゃにされているというのに、潔癖で他者との接触を嫌うはずのイリスが、商人を蹴り飛ばさないのだ。
それどころか、イリスは一つ小さなため息を吐くと、震える商人の頭にポンッと手を乗せた。
「……全く、あなたは私が物理的に支えていなければ、立っていることすらできないのですね。仕方のない人です」
ポンポン、と。
まるで怯える子犬をあやすかのように、イリスが商人の頭を一定のリズムで撫でている。
その目は相変わらず氷のように冷たいが、手つきだけは妙に過保護だった。
「ひぐっ……イ、イリス様……?」
商人も、自分がとんでもない相手に抱きついてしまったことに気付き、ビクッと体を強張らせて見上げる。
しかし、頭を撫でられているという現実。
先ほどの背中ポンポンに続く、二度目の明確なスキンシップ。
『……嘘だろ? この人、本当に私に気があるんじゃ……!?』
商人の顔が、恐怖の青ざめから、別の意味のパニックによる赤面へと急速に切り替わっていく。
「……商人殿。いつまで私の腰にしがみついているつもりですか? 早く鑑定の続きを」
「は、はいぃぃっ! すぐやりますぅぅ!」
商人は弾かれたように立ち上がり、再び残骸の前へと戻っていった。
そんなカオスなやり取りを横目に、俺は男が最期に残した「ありがとう」という言葉の重みを噛み締めていた。
こんな非道な兵器を造り出し、彼らの命を弄んだ黒幕。
そいつだけは、絶対に許してはおけない。
「……商人。何か分かったか?」
俺の問いかけに、商人は涙目と赤面を混在させたカオスな顔のまま、プロの目つきへと切り替えて頷いた。




