第182話:助からない命
浄化のドームに包まれた安全圏から、俺は広場で呻き声を上げる四人の『仮面の怪人』たちを冷徹に観察していた。
すでに一人は限界を超えた魔石の暴走によって命を落とし、地面に伏してピクリとも動かない。
「……あれは、もう助からないのでしょうか」
エリーゼが、弓を強く握り締めながら悲痛な声で呟いた。
「わたくしの目にも、彼らの生命力が魔石と仮面によって根こそぎ吸い上げられ、すでに内臓まで焼き切れているのが分かります……」
「ええ。プロの目から見ても、彼らはすでに『生ける屍』です。あれを助ける術は、どんな高位の回復魔法でも不可能でしょう」
闇の商人が、イリスの傍から離れないようにしながら静かに同意した。
助からない。そして、放置すればいずれ周囲の魔獣や冒険者を巻き込んで暴走の限りを尽くす。
『……なら、せめてこれ以上苦しまないように、俺たちが引導を渡すしかないか』
俺は小さく息を吐き、浄化の魔力供給を維持したまま、前衛の二人に視線を向けた。
「サンネ、ミラ。出るよ。敵は理性を失った暴走状態だ。連携はないだろうけど、力任せの予測不能な攻撃をしてくるはずだから、絶対に油断しないで」
「はっ! このサンネ、総員を護る盾となりましょう!」
「任せるんだゾ、ボス! あんな臭い奴ら、一瞬でぶっ飛ばしてやるんだゾ!」
二人が武器を構え、俺の【気配遮断】の範囲ギリギリにまで歩み寄る。
「イリス、後方の護衛と支援を頼む。ブラムとロッテは遊撃に備えて待機だ。……行くよ!」
俺の合図と共に、隠密のスキルを解除した。
バッ、と茂みを飛び出したサンネとミラが、左右に分かれて広場へと躍り出る。
「ギ……ガァァァッ!」
新たな獲物の気配を察知し、四人の怪人たちが一斉に顔を上げた。
その仮面の奥にある目は白濁しており、焦点が全く合っていない。だが、彼らが握り締める粗悪な魔石からは、ドス黒い魔力がバチバチと音を立てて溢れ出していた。
「シィッ!」
先陣を切ったのはサンネだった。
彼女は怪人の一人が振り下ろしてきた丸太のような豪腕を、盾の傾きだけで滑らせるように受け流す。
ズガンッ!
怪人の拳が地面に叩きつけられ、クレーターのような穴が空く。
異常なまでの膂力だ。まともに受ければ、騎士の装甲ごと骨を砕かれていただろう。
「力は凄まじいが、太刀筋は素人以下! ……せめて、安らかに眠られよ!」
サンネは受け流した勢いそのままに身を翻し、怪人の首筋めがけて鋭い一撃を叩き込んだ。
刃ではなく、柄の底を使った強烈な打撃。
怪人は短い呻き声を上げ、そのまま糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「アタシの獲物はこっちだゾ!」
反対側では、ミラが獣の瞬発力を活かして、二人の怪人の間を縫うように駆け抜けていた。
彼女の小太刀が閃くたびに、怪人たちの腕や脚の腱が正確に断たれていく。
「ガァァッ!?」
動きを封じられた怪人たちが体勢を崩したところへ、後方から鋭い風切り音が響いた。
ヒュンッ! ガキンッ!
エリーゼの放った矢が、怪人の握っていた魔石を正確に撃ち抜いて粉砕する。
力の供給源を断たれた二人は、そのまま白目を剥いて地面に突っ伏した。
「……残るは一人です」
イリスの冷たい声が響く。
最後の一人は、仲間が次々と倒されたことにも反応せず、ただ標的である俺たちに向かって、両手に持った魔石を掲げていた。
その魔石が、限界を超えて赤黒く膨張していく。
「マズいですよ、ヘンドリック様! あれは自爆する気です! 魔石のエネルギーを全て爆発に転化しようとしています!」
商人が悲鳴のような警告を発した。
「させないよ。……【土魔法・岩石槍】!」
俺が魔法を放とうとした、その瞬間だった。
ピシュンッ!
俺の魔法よりも早く、後方から小さな黒い影が弾丸のような速度で飛来した。
それは、イリスが常備している『白黒の石』だった。
石は怪人の仮面の眉間――その一点に寸分の狂いもなく命中し、パキィンッ!という甲高い音と共に、不気味な仮面を粉々に打ち砕いた。
「ガ、アァ……」
仮面を失った男の体から、スゥッと魔力の光が抜け落ちていく。
爆発寸前だった魔石も黒ずんでボロボロと崩れ去り、男は膝から崩れ落ちて事切れた。
「……お見事です、イリス様! あの仮面こそが魔力回路の要だと一瞬で見抜くとは!」
商人が興奮した様子で手を叩く。
「当然です。私はメイドですから、汚れの元凶を断つのは得意なのです」
イリスは手元に残った石を弄りながら、淡々と答えた。
こうして、ものの数十秒の間に、広場にいた仮面の怪人たちは全て制圧された。
俺は周囲の安全を再度スキルで確認すると、ゆっくりと倒れた怪人たちの元へと歩み寄った。
「ボス、こいつら、もう全員死んでるんだゾ……」
ミラが耳を伏せて、暗い声で報告してくる。




