第176話:クラン初陣と、不本意な同行者たち
凍りついた侯爵邸の庭先には、クラン『黎明の森』の初陣に向けたカオスな面々が集結しつつあった。
俺が別室でエリーゼのメンタルケア(という名の秘密のフォロー)をしている間、外ではさらに面倒な編成が進んでいたようだ。
「がはははっ! イリス、こいつらの仕上がりはどうだ? アタシの愛のムチで、少しは冒険者らしい顔つきになってきたと思うぜ!」
魔王が豪快に笑いながら指差した先には、かつて俺を追放した元パーティーのメンバーである三人の女たちが、青ざめた顔でガタガタと震えながら縮こまっていた。
地下施設で白黒の襲撃者に心を折られた彼女たちは、その後『一から出直す』と宣言した魔王に引き取られ、厳しい再教育を受けている最中だった。
魔王の問いかけに、白黒のメイド服に身を包んだイリスが、冷徹な声で答える。
「……魔王様。率直に申し上げて、精神的な耐久度はスライム以下です。しかしご安心を。足手まといになるようなら、私が白黒の石で物理的に転がして運びますので。今回は魔王様と私で、彼女たちの後方を『支援』いたします」
支援という名の、逃亡を許さない完璧な督戦隊の結成である。
元パーティーの三人がヒィッと短い悲鳴を上げて抱き合ったが、俺はそっと目を逸らした。
『……うん、自業自得とはいえ、少しだけ同情するよ。でも俺には関係ないから頑張ってね』
そんな修羅場が展開される中、魔王がふと鼻をヒクつかせ、庭の隅にある大きな植え込みへと視線を向けた。
「ん? なんだか変な匂いがするぜ。……おい、そこの不自然な茂み! アタシの目は誤魔化せないんだからな!」
魔王がズボッと植え込みに手を突っ込み、力任せに何かを引きずり出した。
「ひぃぃぃっ!? お、おやめくださいっ!」
情けない悲鳴を上げたのは、庭師が手入れをしたかのように見事に葉っぱと同化し、気配を完全に消し去っていた男――かつて王都で狂乱の魔石をばら撒き、今は侯爵邸で軟禁保護されている闇の商人だった。
「あーっ! せっかく完璧な空気になれていたのに、なんで気が付くんですかっ!? 魔王の嗅覚、どうなってるんですかぁ!」
商人は涙目でジタバタと暴れながら抗議した。
「がははは! アタシは匂いで獲物を逃がさない主義なんだよ! おっさん、こいつも連れて行くんだろ?」
「ああ、頼むよ。今回の標的は冒険者を組織的に狩っている『仮面の怪人』たちだ。裏社会のネットワークに詳しいこいつの鑑識眼が必要なんだよ」
俺が頷くと、商人はさらに全力で首を横に振った。
「そ、そんなシリアスな任務に私のようなか弱き商人を……っ! だいたい、ここでの生活が快適すぎて、もう外の危険な空気なんて吸いたくないんですよぉ!」
すっかり侯爵邸のぬるま湯に浸かりきった商人が駄々をこねる。
「諦めて。ちゃんと身の安全は魔王とイリスが保障するし、仕事が終わったら侯爵邸のシェフが作る極上のフルコースを約束するからさ」
「……ほ、本当ですか? 絶対に最前線には立たせませんね?」
フルコースという言葉に、商人の動きがピタリと止まった。
『……こいつもすっかり、ミラの胃袋攻略と同じルートに入ってるんだけどね』
侯爵邸の飯の美味さは、もはや一種の洗脳魔法に近いのかもしれない。
やがて、屋敷の中から完全武装のサンネと、しっかり防寒着を着込んだミラが合流した。
「か、閣下! 準備完了いたしました!」
「ボス、これならもう寒くないんだゾ!」
二人の声に続いて、最後にゆっくりと姿を現したのはエリーゼだった。
「……皆様、お待たせいたしましたわ」
先ほどまでのパニック状態が嘘のように、彼女の顔にはしっとりとした大人の余裕が漂っている。それどころか、額のあたりを無意識に指で撫でながら、どこか甘くとろけたような笑みを浮かべていた。
「……また別室に入っていきましたけど、エリーゼさん、どうしてあんなに幸せそうなのかしら……? ねえブラム君、聞いてます?」
ロッテがジト目で観察しているが、当のブラムは空気を全く読んでいなかった。
「っしゃあ! いよいよ俺たち『黎明の森』の初陣だぜ! おっさん、早く行こうじゃねえか!」
ブラムの気合の入った声が、凍てつく庭に響き渡る。
「よし、全員揃ったね。それじゃあ、黎明の森の初仕事……行くか」
金貨五百枚という重いプレッシャーと、不本意すぎる同行者たちを背負いながら、俺たちは王都近郊の街道へと足を踏み出したのだった。




